2011年5月29日

O≠HO

ここんとこず~っと雨で、
むこう一週間の天気予報も雨...
梅雨と言ってもこんなに雨が降るもんでしったけ...
晴天であればとりあえず元気な私としては、
何をするにも勢いをそがれる気分です...うへ...

さて、アレッシア家でのディナーのエピソードをようやく終え、
いよいよGiannaさんの結婚式のレポートに移るのですが、

そのタイミングを察してか(な訳ないけど)、
アレッシアから小包が届いていました。

受け取った母曰く、
「苗字がOSAKAになっていましたが、
こちらのお宅で間違いないですよね?」
と、少し不安げに郵便局の人が届けに来たとのこと。

確かめると、
IMG_3569 (1).jpg
確かに、アレッシアが何回も繰り返しなぞった
「OSAKA」
の文字の左上に、
郵便局の人が後から書き足したと思われる
鉛筆書きで所在なさげな
「H」
の文字が!

そう、
イタリア語を勉強されたことのある方はお分かりかと思いますが、
「H」を発音しないイタリア人にとって、
私の苗字である
「HOSAKA」
と、
私の所在地である
「OSAKA」
はどちらも発音すると
「おさ~か」
であり
「ほ」と「お」の違いをうまく発音してもらえないのです。
(まあ、日本でもよく「こさか」と間違えられるので、
元来発音しにくいのかも知れませんが...)

別に全然気にしていないし、
むしろ
「おお??おさ~か(大阪)のおさ~か(保坂)??!!(笑)」
とちょっと笑いも取れて覚えてもらいやすいので
"おいしいかも"とすら思っている生粋の大阪人です。

とは言え、
そこは名前。

発音しないとしても、
イタリアからの手紙で(アレッシアも含め)
「H」を忘れられたことはなかったのですが、
今回に限っては

「なんでこんなところに"H"があるんだ??
あってもなくても一緒じゃない??」

と考えたのでしょうか。
彼女の中で

「"H"必要なし!」

と判断されたようです。

この
「おさ~かのおさ~か」ネタは、
Giannaさんの結婚式の時にも、
二人で「やっぱりきたか」と受けた思い出があり、
今回の小包のがアレッシアネタと結婚式ネタの間に飛び込んで来た
タイミングに1人妙な縁を感じたのでした。

ちなみに、
小包の中身はメッセージカードと(震災のお見舞いメッセージも添えてありました)
息子の写真をまとめたアルバム。
前にお花見の写真を何枚か送ったのでそのお返しでした。
IMG_3568 (1).jpg
プロの仕業であろう絵になる写真から、
ちょっとピンの甘いスナップ写真まで^_^;
王子の姿に癒されましたよ、ありがとう。

さ、繋ぎネタもあったところで、
やっとこさ、
Giannaさんの結婚式ネタに突入します。

投稿者 uko : 13:17 | コメント (2)

2011年4月18日

久々のディナー後編

さあさあ、食事にしましょう。

仕事に子育て、豪邸の掃除に両方の親御さんの様子を伺いに行ったり...
いつもめまぐるしく動き回るアレッシア。
さらに人をもてなすのが好きな彼女は、
料理を作るのも食べるのも大好き。
いつも忙しい合間を縫って手料理でもてなしてくれます。

食べるの大好き同士として、
彼女との食事はとても楽しみ。

今回も忙しい中用意してくれたディナーがスタートです。

まずはプリモでスタート。
DSC07835.jpg

今回はカルボナーラでした。
イタリアで、特にアブルッツォで食べる機会の少ないカルボナーラ。
日本で食べるよりかなりシンプルです。

そして、セコンド。
DSC07840.jpg
好物のポルぺッタ登場!
ハーブなどでしっかり味の付いた、ミートボールです。
付け合せはフライドポテトとオニオンのピクルス、クリームチーズ。
基本的に彼女の味付けはとてもシンプル。
いつもなら結構食べれるのですが、
来る前に頬ばってしまったアンナマリアのブロード
今頃になって胃にずっしりと溜まってきて思うように進まず...

さらに彼女はdolceも用意してくれていました。
DSC07842.jpg
"Rosetta"と呼んでいたと思うのですが、
パン生地にスライスしたリンゴを挟んみ、
クルクルとバラの花のように形を作ってオーブンで焼いたもの。

これも甘さ控えめでパクパク食べれる美味しさなのですが、
残念ながら戦闘能力が尽きてなんとか"一輪"分頂く。

ジュニアを寝かしつけてファブリッツォも食卓に合流。
DSC07844.jpg

腹ごなしに皆で邸宅探検。

特に男性陣なら多くが憧れるであろう、
ファブリッツォの秘密の隠れ家が屋根裏部屋にあります。
通常女性禁止でアレッシアもなかなか上がらないのですが、
今回は皆でどやどやと上がりこむ。

そこにはyoutube見まくりのPCがあって、
DSC07861.jpg

普段は温厚ですが、
実はヘビメタ☆ギタリストであるファブリッツォのお宝ギターがあって、
DSC07863.jpg
男子集まると、
「何か上賑やかやな...」ということになります。

DSC07866.jpg
とにかく彼の宝物に囲まれた空間。

しばし彼の基地で、
youtubeで彼お勧めのライブ映像などを楽しむ。
何してる時より目が輝いてるね。

DSC07869.jpg
最後は、昔から大切にしているギターと一緒に記念撮影。

気がつけば深夜1時...
朝からラクイラ中をドライブして、
次の日も朝から結婚式。

お名残惜しいところではありますが、
早く休んで少しでも疲れを取らねば...
doriさんも一日お疲れ様でした。

でも久しぶりにゆっくり食事が出来てよかった。
ありがとう~。

投稿者 uko : 20:39 | コメント (4)

2011年4月 8日

久々のディナー前編

ビーニ氏と一日みっちりラクイラを回った後、
アンナマリアのブロードで体を温めたのも束の間、
ゆっくり休む間もなく、
ディナーに呼ばれていたのでアレッシアの家に向かいます。

お付き合い期間が長かったAlessiaとFabrizio。
結婚前から郊外にある親戚の土地を譲り受けて大きな家を建て、
手を加えながら暮らしています。

Fabrizioに車でピックアップしてもらうために
まずはバスでChietiに向かう。

DSC07811.jpg
途中、バスが急ブレーキを踏んだ拍子に、
Doriの鞄に入っていたペットボトルの水が破裂するハプニング!
おフィレンツェで買った鞄が~T_T
Veneziaの雨漏りといい、寝台水浸しといい、
どうもこの道中は水難の相が出ていた模様。なむ~。

気を取り直して、Fabrizioと合流。
車でFrancavillaの郊外にある彼らの邸宅へ向かいます。

家に着くとAlessiaが食事の仕上げにかかっていました。
DSC07820.jpg
ちなみにこの家には、
人間3人、猫10匹ほど、犬2匹が暮らしてます。
独身の頃から、捨て猫を見ると放っておけなかった彼女。
彼ら両方の親の家にも結構な猫がいます。
もはや、猫の名前を覚えるのは放棄しました。

キッチンに我々を残して、
Dori、お宅探検開始!
DSC07823.jpg
奥に見えるとびらが玄関扉。
機能的にはエントランスホールと呼べばよいのかな...。

DSC07824.jpg
玄関から入ってホールの左手。
応接室...というより応接ホール。

7~8年前、
建てたばかりの時はがら~んとしていたこのスペース、
4~5年前に壁で仕切って、
時間をかけながら家具や調度品を増やしてきました。
来るたびに物が増えてる。

そして、
応接ホールをさらに奥に進むと・・・
DSC07826.jpg
彼らがどうしても欲しかった、という
リアル暖炉登場!

アンナマリアの家もそうですが、
ガス代が結構高いので、
リアル暖炉はあまり珍しくありません。
でもこのしつらいは豪華やな~!
右手にはさらにオープンな書斎スペースがあります。

そして、
DSC07830.jpg
玄関ホールを反対から見たらこんな感じ。

さらに、右手の扉はバルコニーに繋がっています。
DSC07848.jpg
ランチの時は結構このバルコニーで食事をすることが多いです。
真夏でも涼しくて、景色も良くてかなり気持ちよい。
3年前のランチの様子はこちら→

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玄関ホールの奥には2階への階段。
奥の明るく電気が着いているところがキッチン。

DSC07832.jpg
キッチンの向かいにある仕切られたスペース。
ここはじゃあリビング??
食事のセットがされていました。

さ、食事の前に一旦小休止。
後編に続きます。


投稿者 uko : 18:27 | コメント (4)

2011年4月 6日

今日で丸2年

やはり、
この日のことも忘れずに伝えていきたいと思います。

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※Il centroより

4月6日の震災が起きた午前3時32分に合わせて、
真っ暗な中、松明を掲げた2万人以上の市民がDuomo広場に集まり
309名の犠牲者を偲んだそうです。
(関連記事→

私が最後にラクイラに訪れたのが約半年前(もう半年か...!)→
その時、「街に戻って住めるようになるまではまだ何年もかかるだろう。」
という話をしていました。

郊外の復興住宅はいくつか建設されたものの、
旧市街はようやく瓦礫が取り除かれ、
かろうじて二次的な倒壊は防げるという状態の中、
イタリア政府はすっかりラクイラは復興したとアピールしたがっています。

そんな中で、まちの人々が意気を高くもって、
いかに行政も巻き込みながら復興への駒を進めていけるか、
ここからが正念場です。

復興をアピールしたがる政府はといえば、
つい先日もお昼の人気番組で(私もよく観てたよ~>_<!)、
偽のラクイラ夫婦にラクイラはもう復興したかのような発言をさせて
問題になっていました。こちらから→

どうして、こんなすぐばれそうなヤラセをするのか信じがたいですが
(一事が万事なんだろうな~という失望と共に)、
この件もネット上ではすぐに物議が醸されていましたが、
最も多い視聴者層はネットをあまり利用しない世代。
アブルッツォに知り合いもいない遠方の方などは、
テレビの情報を鵜呑みにしている人も少なくないでしょう。

今回の東日本の震災でも、
テレビとネット(SNSなども含む)の温度差や
情報の切り口などの違いを顕著に感じました。
(個人的には「自粛」の考え方が顕著な例)

どちらが正しい間違っているではなく、
これだけの情報を選べる世の中だからこそ、
溢れる情報を自分で咀嚼する力が求められているのだなと
つくづく感じます。

話それましたが。

ラクイラも、東北も、
またまちに灯りと笑顔が戻る日を信じて、
一歩ずつでも前進できるよう、
私は私なりにできることを探し続けたいと思います。

投稿者 uko : 11:15 | コメント (4)

2011年3月24日

いざ、Campo Imperatoreへ!

初めてCampoImperatoreを写真で見たのは、
かれこれ7~8年前(アブルッツォとも長い付き合いになってきました)。
雑誌で見たそれに
「アブルッツォにはなんて美しいところがあるのだろう...!」
と感動したのを覚えています。

行きたい行きたいと思いつつ、
かなり標高の高いところまで行く必要があり、
なかなか実現せずにいました。

今回、アブルッツォ初のみどりんも一緒ということもあったからか、
「よし、行こう」と決心してくれたビーニ氏、ありがとう!

さて、
ラクイラを出てCampo Imperatoreへ向かう途中、
地震で崩れた塔の再建が気になっていたので、
「Sant Stefanoにもちょっと寄りたいな...」と我がままにもお願いをしてみる。

さすがに立ち寄るには時間がありませんでしたが、
アブルッツォを知り尽くす男は、
「いいこと思いついた」と言って車を走らせてくれました。

DSC07662.jpg
そう、
少し険しい道らしいのですが、
道を選べばSant Stefanoを望めるスポットがあったのでした。

確かに、再建が始まっている塔が見えます!
(写真右にある集落がSant Stefano)

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お天気がすぐに変わる山道を進んで、

DSC07683.jpg
さらに別の角度からもSant Stefanoの街並みが見えました。
(写真中央やや左に見える集落がそれ)
ありがとうビーニさん...!T_T
満足満足^_^

さあ、天気が悪くならないうちに急いでCampo Imperatoreへ向かいましょう。

DSC07692.jpg
どれくらい車を走らせたでしょうか。
遂に...!コルノグランデを視界に捉えました!!

DSC07693.jpg
美しさに興奮して思わず車を止めてもらう。
標高がかなり高くなっているので結構温度が下がっていましたが、
ちょうどお天気も良くなってきて気持ちいい。

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興奮してはしゃいでるそばに、
なんと草を食べにきた馬の群れ登場!!!

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できすぎの演出に感激。
Viva Abruzzooooooo!!

ここでもかなり大満足でしたが、
「せっかくだから、もう少しこの先を行けば面白いホテルがあるから」
とビーニ氏に言われて更に道を進みます。

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岩肌の陰影が美しいコルノグランデ。
憧れ続けていた風景を目の前にして興奮冷めやらず。

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可能な限りコルノグランデに近づいていきます。

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雲が流れるスピードが速くなっているので、
またすぐに天気が変わってしまうかも...!
(Dori、美しい写真ありがとう!)

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頂上に着く頃には・・・

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コルノグランデの頂上がみるみるうちに
雲に覆われて姿を隠されてしまいました。

DSC07758.jpg
そしてこれが目的の「Hotel Campo Imperatore」。
標高2126mに位置するこのホテルは、
1934年ファシズム時代に建てられ、
1943年ムッソリーニが約2週間幽閉されていたことがあります。

DSC07778.jpg
ムッソリーニが幽閉されていたことが記されています。
(幽閉後ドイツ軍による救出作戦はグランサッソ襲撃と呼ばれています→

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今もスキーや登山、ツーリング客が利用するホテル。

さすがに標高2000mを超える山は気温がぐんとさがってとても寒く、
ホテルの温かさがありがたい。

バールで温かい紅茶を頼んで体を温めていると・・・

DSC07773.jpg
バーリから来たというツーリングおじ様軍団に囲まれてしまいました。
「君、アクセントがプーリャの訛りだな、バーリか、バーリから来たんか?!」
「いや、どちらかと言えばアブルッツォ訛りだと思います。
でも、プーリャめちゃ好き!!」
てなことをちょっと喋ってました。

体もちょっと温まったし、
また長い道のりを帰らなければとホテルを後に。

DSC07781.jpg
さっきまでの青空が嘘みたいにすっかり一面雲に覆われています。

青空の時に来れて本当に良かった!!

濃~い霧に視界を遮られ数m先しか見えなくなった中を
ゆっくりゆっくり下山していきます。
何も見えないって孤独で怖い...
いきなり車が出てこないか運転にも緊張が走ります...
ビーニさんお疲れ様。

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ようやく雲も切れて、
やさしく空を照らす太陽の光に一同ホッと一息。

DSC07805.jpg
とは言え、ここはまだラクイラの山の中。
家まではまだあとひと踏ん張りが必要です。

盛りだくさんで予定よりかなり遅く帰ってくると、
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アンナマリアが大好きなブロードを用意して待ってくれていました。

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チーズをかけていただきます。
寒さと疲れで硬くなったからだを、
温かいスープがゆっくりと解きほぐしてくれます。
幸せ・・・・

っと、幸せに浸っている暇もなく、
一休みしたらアレッシアの家のディナーに出発です。
ひえ~

ビーニさん、改めてお疲れ様でしたありがとう!!!!

投稿者 uko : 20:38 | コメント (10)

2011年3月 9日

実現・・・!Abruzzo州ワイン講座

まさかこんなにも早くその日が来るとは思っていませんでした。

GiannaさんVino della Paceの内藤先生の
「カンパーニア州ワイン講座」に行ったのが去年の5月。
↑もうそんなに前なのね...

2時間延々ワインと料理の話。
料理の例えが"レシピやん"と言うくらい細かくて的確で
(例えばカワマスの素揚げにビネガーと香草野菜を加えて...とか)
これがFM番組にでもしてずっと聴いてたいくらい楽しい。

講座の終わり、Giannaさんが猛烈に「次回はアブルッツォを!」と
押しまくって下さったのが功を奏したのか・・・
(主催の学校の先生は微妙な反応だったらしいのですが^_^;)

GiannaさんがFacebookの掲示板にお知らせして下さったのが
ちょうど講座一ヶ月前の2月。

「内藤先生のアブルッツォワイン講座が大阪であるみたいですよ!」

マジできた~~~!!!!!!!!!!!!!!!!

もちろん、迷いなし!
読んだその場で即効申し込みをしました。

あんなに押しまくってくれた
Giannaさんと一緒に行けないのがとても残念ですが、
ここは頑張ってGiannaさんの分も勉強しましょう。

もちろん私達がもっとも関心があったのは、
先生がどんなワインを用意されるのか。

アブルッツォと言えば、
モンテプルチャーノダブルッツォとトレッビアーノダブルッツォ
が主ですがそれ以外にも注目ワインがあるのか...

当日、
15分前に学校に着くと既に前半の「フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州」講座から
続けて受講される方で一杯でしたが、
ちょうど真ん中の前列が1席だけ空いていたので、
すかさずキープ!
やっぱり席はかぶりつきでしょ。
見覚えのあるレストランのソムリエさんなんかもチラホラ、
後はワイン講座の生徒さんという感じの方ばかり。

前にGiannaさんと一緒に来て、
基本的な授業の受け方体験しておいてよかった~^_^;

さて講義。
話のポイントは3つ

①アブルッツォには平地がない。
丘陵地と山だけである。わずかな平地らしきものは扇状地。
故にワインと食文化は山の文化が主流であるということ。
②アブルッツォワインは
やはりモンプルとトレッビアーノの2つが基本であるということ。
③Colline TeramaneDOCGであるが、
これはTERAMOがモンプルのルーツということに起因することも多く、
それに限らず偉大な生産者が存在するということ。
それが、Emidio Pepe、Gianni Masciarelli、Edword Valentini。

また、モンプルの特性の副産物として
Cerasuoloというポリフェノールの多いロゼが、
安価ながら濃くて美味しいので、先生のレストランでもよく出しているとか。
(私達も大好き!)

南マルケワインが結構注目されており、
アブルッツォへ進出してきているらしく、
その代表が私達もすっかりファンになったペコリーノやパッセリーナとのこと。

そして続くブラインドテイスティングで用意されたのが、
以下の6種のワイン。
①Trebbiano d'Abruzzo/Valentini(2002)
②Castello di Semivicoli/Masciarelli(2002)
③Peladi Montepulciano d'Abruzzo Cerasuolo/La Quercia(2009)
④Montepulciano d'Abruzzo Roccosecco/Chiusa Grande(2006)
⑤Montepulciano d'Abruzzo/Torre dei Beati(2008)
⑥Montepulciano d'Abruzzo Colline TeramanoRiserva Escol/San Lorenzo(2006)

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IMG_3234.jpg

毎回先生は、どれが美味しかったか生徒に挙手させるのですが、
「①と④に手を挙げなかった方はもう一度僕の講義を受けて下さい。」
だそうです。
実は特に①に手を挙げた人がとても少なく、18人中3人だけ。
例外になることなく、私は補修決定組みです...^_^;
まだまだ修行が足らんです。

ちなみに、
ブラインドテイスティングの結果は全てTrebbiano100%またはMontepulciano d'Abruzzo100%。

それにしても例えば3種類のモンプルはどれも色も香りも味わいも
個性的で、私的には全然違う品種のワインを飲んでる様で、
「え、メルローとブレンドしてるとか??」
と勝手にかなり惑わされました。
⑥は香りを嗅いだ瞬間「大好き!」と思ったのですが、
時間が経つとその香りが鼻についてきて、
「羊!羊持ってきて~!!」となってきました。
やっぱりモンプルは料理ありきで楽しみたいな...。
(てかこれは講義なんですけどね...)

そうそう、でもじつは先生がこの日特別にチーズを持ってきてくださいました。
日本では手に入らないというアオスタ州のFontinaというチーズ。
これがフレッシュかつ鼻に残るナッツ類に似た臭みが、
もう、どのワインにも合ってとても美味しかったです。

にしても、こういう講座のブラインドテストで巨匠のワインが飲めて感激!

そしてこの機会に、今一度私のベストモンプルを考えていたのですが、
結局はいつもマリオの家でがぶがぶ飲んでるそれだったりして...

最後に先生にアブルッツォを選んでくださったお礼に行きました。
(そんなつもりではやってないんでしょうけど)
先生曰く、講義中私は何度もうんうん、うんうん、
とうなずいていたらしく、
これは自分でも自覚している癖なのですが、
自分が嬉しくてしょうがない講義を聴いているときは、
新しく知ったことも前から知ってたことも関係なく、
とにかく嬉しくてニコニコしながらずっとうなずくし、
時には「へ~」とか「ほ~」とか声にも出してしまいます。

以前、
「感心してるけど、あんた知ってるやん!」と突っ込まれた経験もあります。

長くなりましたが、
なんせ今回も至福の講義でした。

そして、次回はさり気に「プーリャ州」を推してきました。

次に来て下さるのはまた1年位先なのかな~

情報を提供してくださったGiannaさん、
ホンマにありがとうございました。
この講義で得たリストを元に、
秋にどこかのワイナリー行きたいですね。
先生は
「アブルッツォに住んでたんなら行けますよ」と行ってはりました。
それは道に迷わずってことなのか、その事実が交渉の切り札になるのか...

また計画立てましょう。
頑張って節約生活しよ。

投稿者 uko : 16:06 | コメント (2)

2011年3月 5日

被災から1年半を経たL'Aquila

ついに文明の利器スカイプを駆使(苦使?!)して、
スイスと大阪を結んでのアブ会が実現!
Giannaさんがスイスから送って下さったパネットーネに、
羊串(があった)焼きも登場で今回も大いに盛り上がりを見せました。
様子はすぐにGiannaさんジョバさんがブログにアップしてくれたので、
しっかり余韻を楽しませてもらいながら、
やっとパソコンに向かう今日この頃...

NZでの震災では多くの日本人も犠牲となっており、
未だ身元が分からない状態ですね。
ニュースを見ていると自分と同年代の女性も多く、
夢と希望を持って海外に飛び立った彼女たちのことを想うと、
無念で胸が痛みます...。

さて、我々のラクイラ旅もラクイラ郊外からいよいよ市街地へ。
(2010年10月9日現在)

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まちの中心に入るために車を降りると、
広場に小さな仮設店舗が出来ていました。

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前の年(一昨年)も見て印象に残っていた映画館の上映告知。
よく見ると、去年のイタリア映画祭で日本に来ていた映画。
時間の経過を感じます。

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瓦礫などはかなり撤去されていますが、

DSC07534.jpg
まだまだまちの殆どが立ち入り禁止区域です。

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Duomo広場にあるSuffragio教会、
中に入れる様になっていたので見学してみることに。

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紹介遅れましたがラクイラで私たちを待っていてくれたのは、
ビーニ氏の友人、ラクイラ生まれラクイラ育ちのロベルタ(後ろ姿)と愛犬ジギー。

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※写真は引き続きdoriさんです。
綺麗な写真ありがとう☆

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震災までは毎日のように賑やかな市が出ていたDuomo広場では
チョコレートのイベントをしてました。

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震災から約1年後にようやく通れるようになったVittorioEmanuele通り。
これで南側のフェデリコ2世通りとDuomo広場を中心にした
南北に走るメイン通りが結ばれました。

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広場付近のフェンスには立ち入り禁止ゾーンの建物の写真や、
店舗の移転先のお知らせに加え、
愛する街への想いや
遅れる復旧を抗議するメッセージなどが貼られています。

DSC07568.jpg
倒壊した建物のものでしょうか、
使うことの出来なくなった鍵。

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308名の犠牲者を慰霊する308本のリボン。

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わずかですが場所を変えて再開したお店も出てきていました。

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通れるようになったとはいえ、まだまだこんな感じ。
本当に通れるだけです。

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復旧というよりはまだまだこれ以上の倒壊を防ぐための処置という印象。
中世から長い時間をかけて広がってきた街だけに、
建て方や構造も違うだろうし、外見以上に躯体に問題があったりと、
木造建築に比べ気の遠くなるような復旧行程が想像されます。

DSC07583.jpg
VittorioEmanuele通りの始点AlpiniL'Aquila広場。
以前はペスカーラからバスに乗るとここで降りていたので
私にとってはここからが街の始まりと感じる場所。

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広場の東側にはアブルッツォ国立博物館となっているカステッロがあります。

DSC07585.jpg
リードをはずしてもらって走り回るジギー。

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DSC07602.jpg
16世紀に建てられたこのカステッロも大きな被害を受け、
博物館は現在休館中です。


お城から大通りの裏側の住宅街へ。
立ち入りできない建物も多くひっそりしています。

DSC07616.jpg
ラクイラの中でも大きな教会のひとつS.Bernardino聖堂。
その修復中のクーポラが見えます。

DSC07625.jpg
S.Bernardinoのファサード。
ラクイラに来る度訪れていた教会も今は入ることができません。


聖堂の前は急斜面の階段が続く珍しい光景。
ラクイラを囲む山並みが美しい。
お天気も良くなってきました。

ラクイラは他のborgoと同様に山の中にできた街で起伏が多く、
街の高いところを歩いていると建物の背後に
山の稜線と空が視界に飛び込んできて独特の風景をつくります。
本当に変化に富んで美しい街。

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S.Bernardinoからメイン通りに続く道。
このあたりも以前はたくさんのお店が並んでいました。

DSC07647.jpg
再びDuomo広場に戻ってくると、
チョコレートイベントにさっきよりも人が集まっていました。

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大きなチョコレートの塊に集まる人々。
ビーニ氏は「復興アピールのパフォーマンスだ」と言っていましたが、
こういうイベントがあることで、
愛着のあるまちに人々が訪れるきっかけができて、
一瞬でもそこに笑顔が戻るなら
それはそれでいいんじゃないかと思うのでした。

街を案内してくれたロベルタとはここでお別れ。
我々も次なる目的地に向けてラクイラを後にします。

DSC07656.jpg
街を去る前に大好きな教会Collemaggioの前を通ってもらう。
ファサードの美しさと存在感にため息が出ます。
好きだな~

以前は芝生だった前面の広場は
避難所として8ヶ月間程テントが建っていました。
この教会も見学は可能になったようですが、
この日は中には入らず。


次に目指すのは初!CampoImperatore!!

投稿者 uko : 10:01 | コメント (6)

2011年2月18日

Prata d'Ansidonia

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Caepstranoを後にして我々が向かったのは、
Prata d'Ansidonia
昨年に引き続き
皆様にご協力頂いた震災支援金を送金した村です。

うまく市長(村長?!)とお会いできたらいいなと思っていましたが、
あいにく仕事でローマにおられたので電話でだけご挨拶。
それでも、「comune(役所)に職員が出勤しているから」
ということでComuneを訪問することに。

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震災前までcomuneがあったところを訪ねてみましたが、
人の気配がなくどうやら移設している様子。

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ビーニ氏も震災後は避難所しか訪れていなかったらしく、
事情が分からず、町の人に聞いてみようと試みるも、
すれ違う人もおらず...

結局役所の職員さんと連絡を取りあって、無事到着。
DSC07431.jpg
町のはずれにポツンと建っていた建物。
コーヒーメーカーの看板が残っているということは
元々は飲食店だったのでしょうか。

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がらんとしたところに、
とりあえず必要なものを持ってきたという感じでした。

DSC07446.jpg
市長さんからの電話を受けて、
私たちを待っていって下さった職員の方々と
報告を兼ねて少しお話。
去年送金したことも覚えてくださっていました。
次の約束もあったので、
記念撮影をしてComuneを後に。
私たちの支援金が少しでもお役に立てますように...
皆さん、本当にどうもありがとうございました。

DSC07460.jpg
Prata D'Ansidoniaもサフランの生産地。
オレンジのネットで囲まれているのがサフラン畑。
畑を荒らす野生動物対策として、
ネットを電流が流れているそうです。

ラクイラに向かう途中PrataD'Ansidoniaにある
古代都市遺跡Pletuinumにちょっと立ち寄る。
DSC07466.jpg
ローマなどに行くと古代遺跡と「共存」しているという感覚に
慣れてしまい時間の距離感が麻痺してくるのですが、
DSC07482.jpg
ここのように打ち捨てられたままの街の姿は、
逆に諸行無常、盛者必衰を感じ、
昔のまちの姿に思いを馳せてしまいます、
DSC07469.jpg
doriさん、初アブルッツォで
体感する間もないくらい写真任せきりにしてごめんね、ありがとう。

DSC07493.jpg
貝殻発見!
昔は海だったのか?それとも当時の住民たちが貝を食べていたのかな...?

しばらくタイムスリップして、
いよいよラクイラへ。

1時間くらい前からどんどんずれ込む待ち合わせ時間の調整で、
ビーニ氏の携帯鳴りぱなしです。

ラクイラが近づいてくると、
車窓から震災後に建てられた住宅が
現れ始めました。
DSC07511.jpg
意見は分かれるところでしょうが、
アブルッツォの風景としての美しさを
かけがえのない州の資産だと考えているビーニ氏にとっては、
無秩序で無機質な復興住宅は、
「何もここに建てなくても...」「この色にしなくても...」
と感じることが多い様です。

そんな話をしながら、ラクイラに急ぐ我々。

待たせている人がいるはずなのに、
「ここのパンが美味しいらしいから奥さんに買って帰る。」
とひとつの店の駐車場に車を停めるビーニ氏。

DSC07517.jpg
確かにさっきまで殆どすれ違う車もなかったのに、
ここだけ車が頻繁に出入りしています。

DSC07519.jpg
「dolceも美味しいよ」と進められ、
せっかくなので、
私たちもアンナマリアとアレッシアにお土産として購入。
量り売りでしたが驚く程安かったです。

さて、気を取り直してラクイラへ向けて出発。
DSC07513.jpg
1年半たっても残る瓦礫の山が随所に。

DSC07521.jpg
震災復興アピールのシンボル的な存在となった復興住宅、
去年は工事中だったところを写真に収めていました。
↓去年の写真
DSCN1040.jpg

ただ、不便な立地のため、思ったほど入居希望者が集まらなかったという話も。
実際の入居状況はどうなんでしょうか。

もうすぐラクイラです。

投稿者 uko : 18:24 | コメント (2)

2011年2月17日

Capestranoへ

山の中で息を潜めるようにして建つ
Chiesa di San Pietro Oratriumを後にして、
我々が向かったのはCapestranoの中心市街。
(この教会もCapestrano市に属します)

DSC07341.jpg
なだらかな丘陵の地形に沿って広がる街並みに、
教会の鐘楼とお城の塔が絶妙なアクセントとなって聳え、
いつも見とれてしまう美しいBorgo、Capestrano。
隣接するNavelliと同様にサフランの生産地でもあります。

実はいつも下から眺めるばかりで、
町の中には入ったことがなかったので、
今回はDoriも一緒だし、
と町を見学してみることに。

DSC07349.jpg
まずは、
15世紀トスカーナ出身で、
アマルフィの最初の公爵(Duke)となった、
Antonio PiccolominiによるPiccolomini城。
DSC07351.jpg
特に入場料とかを取られることもなく入れました。
DSC07355.jpg
城内で我々を出迎えてくれたのは、
この町の有名人、
このブログではすっかりお馴染み(?!)Guerriero di Capestrano

DSC07380.jpg
先客にゃんこのガイド付き。
DSC07384.jpg

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中は人気もなくがらんとしており、
逆に時代から取り残された城の雰囲気を醸します。

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さっき下から見上げていた塔が間近に。

DSC07369.jpg
町一番の高台から
私たちが通ってきた道を見下ろします。

DSC07368.jpg
反対側はCapestranoの町が広がります。

DSC07364.jpg
太陽カモ~ン!!

お城を後にして、
DSC07387.jpg
広場から見える教会を横目に車に乗り込み

DSC07388.jpg
中心地から少し離れたところにある
15世紀に建てられた修道院、
Convento di S.Giovanni da Capestranoへ。

DSC07398.jpg

DSC07405.jpg
町の守護聖人でもあるS.Giovanniは、
オスマントルコのヨーロッパ侵攻が、
ベオグラードで阻止された際に、
ハンガリー軍として兵を集めて戦ったとされています。
そのためCapestranoは人口1000人足らずの小さな町ですが、
ハンガリーの首都ブタペストと姉妹都市提携をしています。

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修道院から眺めるCapestrano。
少し歴史の勉強もして町を後にします。

次なる目的地Prata d'Ansidoniaに向かう道中、
羊の大群に思わず車を止めて見ていると、
その名も「アブルッツォの羊飼い(pestore abruzzese)」という
牧羊犬たちがすぐに我々を見つけて、
「不審者発見!」
とばかりに向かってきました。
名称未設定-1.jpg
さっさと車にもどりましたが、
その貫禄とプロな仕事振りに逆に感心。

さて、羊もいっぱい見られて
ますますAbruzzoを実感というところで、
Prata d'Ansidoniaへ行きましょう。

投稿者 uko : 11:31 | コメント (6)

2011年2月12日

魔方陣の謎?!

最後に去年のアブルッツォ記を書いてから、
しばらく振りでした...最後はここ→

ビーニ氏がいつもの様に定刻に迎えに来てくれたので、
doriと3人でラクイラに向けて出発!
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BGMはFrancoBattiatoて...
渋いな...


あいにく、
快晴とは言えず、時々青空が申し訳程度に顔を出すものの、
重~い雲が行く手に立ちはだかります。
DSC07296.jpg
せっかくdoriさん初アブルッツォやのに...

DSC07298.jpg
前方にBussi sul Tirinoが見えてきたら、
いよいよ国立公園に突入です。

ラクイラに行く前に、
Capestranoに寄ろうと車を走らせていたら、
ビーニ氏が
「この近くにukoも行ったことがない
珍しい教会があるから行ってみよう。」
といきなり大きな道路を外れて林の中の砂利道へ...

すると、
川のせせらぎが聞こえる林の中に、
突如とてもシンプルな教会が姿を現しました。
DSC07340.jpg
Chiesa di San Pietro ad Oratorium

無断での見学はできないのですが、
ちょうど先に来ていた何組かの見学客が、
守衛さんを呼んでくれていたので、
一緒に待たせてもらうことに。

こんなに目立たない教会なのに、
既に見学者がいたことは驚き。
DSC07305.jpg
教会周辺はハイキングコースになっているらしく、
ベンチや看板などがありました。
下の方から川が流れる音が聞こえるので、
行ってみたい衝動に駆られましたが、
その前に守衛さん登場。
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皆でぞろぞろ教会の入り口へ向かう。
DSC07309.jpg
窓といい、扉といい最小限の開口しかない、
シンプルなファサード。
DSC07330.jpg
それでも美しい装飾に見とれてしまいます。

この教会は752年にロンバルド王の命で建築が始まり
756年に玉座が設置されたと言われています。
(現在もらった資料を読み始めてますが、
専門用語多すぎて思うように進まず、
バクッとした解説ですみません)

その後、12世紀に改修され、
フレスコ画が描かれます。

DSC07316.jpg

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自然の光に浮かびあがる美しいフレスコ画。
個人的にはこの時期の素朴な色遣いがとても好きです。

会った時から、
doriの新しいデジカメが気になっていたビーニ氏。
このフレスコ画をできるだけ正面から撮って欲しいとオーダー。
後日談ですが、ある雑誌にこの時の写真が挿入されるかもとの連絡が、
これは楽しみ!!

少し話がそれましたが。
DSC07311.jpg
内部は12世紀に改修されているので、
Collemaggioなど、
ラクイラにある中世の教会と似ています。

ここもまた、震災の影響を少なからず受けています。

薄暗い教会を出ると、
ビーニ氏に呼び止められました。
「ukoここには、もうひとつとても面白いものがあるんだよ。」
と、指差すところにあったのがこれ。
DSC07333.jpg
ラテン語のいわゆる回文で。

SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

上記の様に書かれていて、
上下左右から読んでも同じ言葉になります。
イタリア語の意味は、
ROTAS OPERA TENET AREPO SATOR
"ovunque - opera - tiene - aratro - seminatore"
となるらしく、ネットで日本語の解説を探すと、
SATOR式回文、魔方陣と呼ばれているらしく、
呪いに使ったとか何だか訳ありなページなんかもありました。

それにしても、
なぜ教会のファサードにこの様な回文があったのか、
なぜひっくり返ってるのか、
謎は深まるばかりです...

恐らく頂いた資料には何らかの解説があるのでしょう...
頑張って読んでみます。

謎は残しつつも、
新たなアブルッツォ遺産に出会えたのは大きな収穫。

次に目指すは、
Capestrano!!

投稿者 uko : 14:33 | コメント (2)

2011年1月25日

とても嬉しいのですが、欲を言えば...

昨日のテレビ放映はご覧になられましたか?

私は例によって友人の家に8時ちょうどに滑り込み、
(いつもありがとう!!)
テレビ画面に映る「アブルッツォ州」の文字に感動し、
opi11.jpg
一言のアブルッツォ弁も聞き逃すまいと、
全神経をテレビに集中させておりました。

そんな時、
一緒に観ていた友人がポツリ

「なんか、今回もまた地味やな...」


・・・えぇぇぇぇ・・・
"地味"って...
しかも"また"って...

衝撃発言に5m位のけ反りそうになりながらも、

言われてみれば、

確かに、

去年のCastrovalvaの時と色目も似てるし、

地味やな。

そう、
前回といい、今回といい、
撮影が行われているのが、
山眠る冬

国立公園などの指定公園が占める面積が大きく、
「緑の州」と呼ばれる程、
緑の豊かさがウリのアブルッツォ州なのに、
opi3.jpg
※番組の映像です
緑が落ちた冬のアブルッツォの絵は、
確かに、地味、だな...
こ、木洩れ日が...逆に切ない...
ジュゼッペェ~~!!←昨日の主役

ちなみにこのOpiも国立公園内に位置しています。

私の国立公園内の山のイメージってこんな感じ。
251_4_PNALM.jpg
※国立公園HPより拝借しました。
ほ~ら、とっても華やか...!!?

「アブルッツォ」と三上博史が言葉にするたび
充分幸せです。

でも、
でも、
もし欲を言わせていただけるなら、
山笑い、山滴る、
そんな時期のアブルッツォも
BSハイビジョンで体感したいな~

--------------------------------------------
ビーニ氏曰く、
今回のOpiも前回のCastrovalva同様、
エッシャーが風景を描き残しているそうです。
いずれも未踏の地。
次の渡アブには、
スカンノも合わせて、
エッシャーを巡る旅もいいね、と話しています。

投稿者 uko : 21:37 | コメント (2)

2011年1月24日

3Dでよみがえる震災前のラクイラ、そして今のラクイラ

今日は8時からテレビでアブルッツォですね~

さて、友人のルカが、
「こんな記事があったよ」と持ってきてくれました。

"Ricostruiamo L'Aquila in 3D sul Web"

イギリス人建築家Barnaby Gunningの発案で、
震災前と後のラクイラの町を、
GoogleEarth上で3Dにしようというプロジェクトが始まっています。

3Dに起こすため、震災前の写真を集め、
現在の町の状況については、
昨年の9月から11月にかけて、
400人以上のボランティアが参加して、
60,000枚にのぼるラクイラの写真を撮り集めたとのこと。

震災からもうすぐ2年。
未だ行き先の見えない町のビジョン。
Come facciamo?
震災前からのラクイラを知る建築家は、
活気があり美しかった町を想い、
"自分たちに何ができるだろう?"と呼びかけるHPを立ち上げました。

このプロジェクトには、
アメリカからGoogleの技術者も参加し
3D化するためのレクチャーを行っているとのこと。
ちなみに、
この週末はちょうどそのレクチャー日だったそうです。

くみ子さんも書いておられましたが、
実情のない復興ばかりをアピールする政府とマスメディア、
まちの現状をGoogleアースを通して世界に発信することで、
波紋を呼ぶ一石となることが期待されています。

ビーニ氏は、元の町の姿を少しでも尊重して、
再建に役立てば...と話していました。

また、多く市民の思いをまとめて形にしたということも、
本当の意味で、復興への一歩を
踏み出したといえるかもしれません。

投稿者 uko : 10:05 | コメント (4)

2011年1月23日

救援物資!

家に帰ってきたら、
明らかに日本のモノではない
黄色のオサレな箱が。

やった!!Giannaさんからだ~!!!
IMG_3066.jpg
私が、Giannaさんのクリスマス報告ブログを読んでは、
「いいな~、食べたいな~、懐かしいな~」を連発しておりましたら、
お気を遣わせてしまいました^_^;

PANETTONEや~!!!
めっちゃうれしいです~!!!
ありがとうございますっ>_<

来月、行われるであろうアブ会で、
是非とも皆で味わいながら
アブルッツォに思いを馳せたいと思います。
みんな~パネットーネやで~!
(Sakaeさん大阪来ないかな~^m^)

しかも、甘いものを普段あまり食べない寒がりの私にと、
さらにスープとハーブティも同封されてました。

スープ大好き。
ハーブティも仕事中よく飲むし♪
これまたサルトファミリーで楽しみます。

んで、

そこはさすがGiannaさん、
dabruzzo.jpg
D'Abruzzoも一緒に送ってくれてました!!

ローカルな雑誌なので、
なかなか手に入らないと仰ってましたが、
見つけてくださってたんですね。
ラブ注入です!!

しかも、
実はこの雑誌には、
このブログでもよく登場しています友人のビーニ氏が、
私が知る限り毎号何らかの記事を執筆しています。

ほら、この号にも。
testo di bini.jpg
何度でも、
こうして友人の記事を見つけられるのは嬉しいことです。
ちなみにこの号では、
アブルッツォの風景を描くイギリス人画家の作品を、
4ページに渡って紹介していました。

寒い日曜の午後ですが、
心ほっこり、
テンションあがりまくり、
まさに私にとってのこの上ない救援物資です。

Giannaさん、ホンマにどうもありがとうございました!!

(にしてもスイスから5日で日本に届いてますよ、すごいなスイス)

投稿者 uko : 16:46 | コメント (4)

2011年1月12日

またまた

遅ればせながら、
皆様、あけましておめでとうございます。
寒さにめっぽう弱い人間なので、
毎日自分との戦いの日々です。

さて、みんな大好き(?!)
BS日テレ「小さな村の物語 イタリア」
昨年のCastrovalvaに続き、
アブルッツォまたまた登場!!

1月24日、31日(再放送)で紹介されるのは。
Op!!オーピでございます。

「聞いたことあるけど、どこや??」
とガイドブックをパラパラめくると、
ラクイラ県の南西の端にチョコンとありました。
行ったことは恐らくありませんが、
私が2002年に初めて買った、
アブルッツォ版ガイドブックの表紙になっていました。
IMG_3034.jpg
国立公園内に位置し、
ここもまた鷹ノ巣の様な小さなBorgoです。

毎回思いますが、誰がどうやって
「この小さな村にしよう!」って決めてるんでしょうね。

ちなみに、ジョバさんも仰ってましたが、
今年はイタリア統一150周年にあたり、
NHKなどでも、イタリア特集が結構組まれているそうです。

みなさま、要チェックですよ~

投稿者 uko : 13:46 | コメント (4)

2010年12月28日

こんなところです

旅の最終目的地。
doriと辿りついたアブルッツォ。
旅の疲れを癒す間もなく、
今日は朝からビーニ氏とラクイラへ。

ビーニ氏を待つ間、
私も生活していた
マリオたちの家の敷地内を
ちょっと案内することに。

まずはアンナマリアが毎朝入れてくれるカプチーノ。
DSC07257.jpg
すっかりdoriの朝の定番となったカプチーノ。
奥にかすかに見えるミルクフローサー。
フワフワの泡ができるので、
帰国後即購入した二人。
ビスコッティは自家製ジャムで頂きます。

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ダイニングにはアンナマリアのお母さんの生まれ故郷、
Loreto Aprutino
職人だった彼女の叔父さんが作っていた銅製品が飾られています。
携帯用のランプや水がめ...
往時の生活を窺うことができる貴重なものです。
数年前に亡くなられたジーノ叔父さん。
ダンディで格好良かったな~

DSC07259.jpg
アンナマリアの家の裏にある小さな白い家はトニーノの家。
遠くには薄っすらとグランサッソの山並みが...

トニーノは人付き合いがあまり得意でなく、
1人で猫と鶏と静かに暮らしています。
でも日本人の私が好きだろうからと
マスを釣ってプレゼントしてくれるような優しい人。
お母さんの生家でもあるこの家、
老朽化が激しくなり遂に建て替えることになったらしく、
今回はトニーノに会えず、残念。

DSC07261.jpg
そしてアンナマリア家の隣にある小さなレンガ建ての家。
ここの2階が私の住まいでした。

いつもご飯の時間になるとアンナマリアが
ベランダ越しに
「uko~!!ご飯できたからおいでや~」
と呼んでくれてました。
ありがたかったな~

写真の左下にレンガが積まれていますが、
この家自体、マリオとマリオの弟が
生家を壊してそのレンガで建て直したもの。
余ったレンガはまた何かに使うのでしょう。

DSC07262(2).jpg
敷地内にはマリオが娘と息子のために建てた家もあります。
孫のディエゴやミケーラたちが住んでいるのがここ。
普通、「子どもの家を建てた」というと、
資金援助のことかと思ってしまいがちですが、
大工だったマリオが自分でコツコツ建てた家です。
ちなみに、私が借りていた家もそうですが、
マリオが住んでいる家も彼が自分で建てました。
天晴れマリオです。

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更に敷地内を奥に進むと、
天晴れマリオの広大な畑が広がります。
美味しいトマトソースやサラダはこの畑で
採れたものばかり。

ただ、とても残念なことに、
この敷地内で飼っていたウサギと鶏の小屋が、
私が行く少し前に取り壊されていました。
新興住宅が増えたことで、
匂いなどの問題が懸念され、
行政が家畜の制限をしたためとのこと。
誕生日パーティで活躍していた石釜も
同様の理由でなくなっていました。

とはいえ、
ご覧の通りまだまだこの辺りは、
住宅の少ないエリア。

時代の流れとはいえ、
一律にかかってしまった規制のために
取り壊しを余儀なくされた
マリオの無念さが辛かったです。
愛情を持って育てていたウサギや鶏は
貴重な食料源であり収入源でもあったのに...

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既に畑に出ていたマリオを訪ねると、
ちょうどカルチョーフィの種まき中でした。

DSC07271.jpg
カリフラワーの陰から子ネコ発見!

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マリオに捕まえられる。
分厚いマリオの手、そしていい笑顔。

日本と違いセメントを多用する大工仕事は、
コンクリートを作ったりレンガを湿らせるため、
水で手が膨張してしまいます。
分厚いマリオの手は彼の歴史が刻まれた職人の手。
私はそんなマリオの手が大好きです。

マリオと畑で過ごす楽しいひとときですが、
そろそろビーニ氏登場かな。

※写真は全てdori撮影です。

投稿者 uko : 11:16 | コメント (2)

2010年12月27日

そして再びアブルッツォへ

12日間のイタリア→カンパーニアの旅()を終えて、
今度は旅の友doriとアブルッツォへ。

初アブルッツォ、初アンナマリア家のdoriたっての希望で
用意してもらったのはトマトパスタ。
※ここからの写真はdori撮影によるものです。

DSC07235.jpg
この日は週末。
ラクイラ大学で下宿中のミケーラも帰ってきて、
ルドヴィーカ、ディエゴと孫たちも集合。

ちなみに、手だけ写ってるのが私。
マリオの隣がいつも私の特等席です。

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doriが、
「今まで食べたパスタの中で一番美味しい!!」
と大絶賛したトマトパスタ。

トマトパスタもバリエーションがいろいろあり、
この日のトマトパスタは、
豚肉を一緒に煮込んでいたので、
そのコクもいい具合に出てて、
確かに絶品でした!
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煮込みに使った豚肉はセコンドとしていただきます。

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さらに、豚肉とポテトのオーブン焼き。
そして、
サルシッチャにマリオの畑で取れた野菜のサラダ。
この日もしっかり好物ばかりが並びます。
(と言いつつ、好物で無いものが逆に思いつかないけど...)

賑やかな食卓に、doriも喜んでくれました。

食事の後も皆で雑談。
DSC07244.jpg
今年のはじめ、
doriと一緒にやった仕事の成果品を披露したり、

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doriとディエゴはお絵かきを楽しんだり...
マリオが建てた孫たちの家見学会が始まったり...
と、テンション高めに楽しい夜が更けていくのでした。

dori、ようこそアブルッツォへ。

投稿者 uko : 12:01 | コメント (2)

2010年12月25日

アブルッツォでアブ会!

Sakaeさん
「今年の渡アブの予定は?」
とメールを頂いたのは6月。
聞けば9月の渡アブを決めチケットを購入したとのこと。

マジ...?!まだ行くこと以外何も決めてない...
と焦って私も慌てて航空券を抑えたのが7月。

そして、タイミング良く私の単独渡アブと
Sakaeさんたちの渡アブ予定が合うことが判明!

Sakaeさんのアブルッツォ友達トーニさんに調整してもらいながら、
雨のピアッツァサロットで対面!!

いとも簡単に会えてしまったけど、
これって凄いことだな~Sakaeさん貴重な一日をありがとう!

トーニさんの計らいで、
州の農業フェスタに連れて行ってもらう。
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初めての試み&あいにくの雨で、
盛況とはいえませんでしたが、
それでもオリーブオイル、チーズ、
サルシッチャ、Arrosticini、パテ...
と大好物のアブルッツォの食材が並んでいました。

買って帰りたいもの満載でしたが、
残念ながら長旅の途中、
重いお土産は持って帰れないな~と
指をくわえて泣く泣く断念。

お昼はSakaeさんだけ拉致(!)してアンナマリア家でランチ。
実はSakaeさんにとっては2度目のアンナマリア家。
再会を喜びあいました。

この日アンナマリアが用意してくれたのは、
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お待ちかねのトマトパスタ。
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なすの肉詰め
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そしてマリオと私の大好物。
豚肉とサルシッチャの網焼き!!
そしてサラダ。

この日もディエゴ達と一緒にランチ。
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ディエゴ先生リガトーニ(ショートパスタ)で
フォークの練習中。
思わず手が出るノンノマリオ。
"じいちゃん、待って、あちいって"
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っウンマ。
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見て、くるくる巻きだってできるし♪
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"パスタの穴にフォークを入れたら簡単だよ。
もう一回やってごらん"←マンマ
"お~なるほどね~"←前で見てた私にも勉強になるわ。
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"そうそう、いい調子"
なんて調子で賑やかなランチ。

その後ははちきれそうなお腹を抱えて、
ディエゴの家でカッフェ。
マリオの畑でイチジクを採って食べたりしながら、
まったりと過ごす。
夕方、トーニさんが迎えに来てSakaeさんとはお別れ。
その後SakaeさんたちはGuardiagreleへ。

私はPescaraでプレゼントを買って、
Chietiのピーノの家へ。
日程のタイミングが良く
Emanueleの誕生日会に参加できました。
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キティちゃん大好き。
9歳になりました。
沢山のお友達や親戚に囲まれた、
楽しいお誕生日会。
Tanti Auguri!!

投稿者 uko : 14:38 | コメント (2)

2010年12月22日

最もマニアックなアブ会conビーニ氏

「被災地ラクイラには、
日曜日1日かけてゆっくり回るとして、
今日は今日で支援金(昨年の渡伊以降集まっていたもの)を
郵便局から送ってしまおう。」

と、
あれよあれよと予定を決められて、
急遽夕方ビーニ氏と会うことに。

「夜はエミリオ(アンナマリアの弟)が夏に企画した、
イスキア旅行の写真上映会&食事会に行くから戻っておいでよ~」
とアンナマリアに念を押されて家を出る。

迎えにきたビーニ氏の車に乗ったとたん、
「今日は奥さんがukoのために夕食を準備してるんだ、
勿論食べて帰るだろう」
って、
私に確認する前に準備されても困るんですけど....

既に予定があるからと断るも、
「その予定何とか断れない?!」の一点張り。
結局、
なんかフェアじゃないな~
と思いつつも、
何も知らずに準備をしてる奥さんが気の毒になって承諾。

こうやって、いつもアンナマリアたちとの約束を
犠牲にしてしまうので心が痛む。

さて、
ご機嫌になったビーニ氏と郵便局で送金を済ませ、
ビーニ氏の家へ。

今回彼が私に最も見せたかったのが、
19世紀イギリスの画家エドワード・リアが描き残したアブルッツォのスケッチ集!!
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どこかの本屋でたまたま見つけて、
結構な値段がしたにも関わらず即購入してしまったそうで。

そもそも彼の職業でありライフワークは、
「アブルッツォが海外の人(やメディア)にどのように伝えられてきたか」
という視点からアブルッツォの魅力を探り、
新たに発信すること。(なはず)

そんな彼にとって、
風景から建築、街並みに至る約100点の緻密なスケッチ画は、
往時を偲ぶ貴重な資料であることにちがいなく、
宝物を見つけた様な感動的な出会いだったんだろうなと、
想像がつきます。
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一枚一枚慈しみの眼差しで誇らしげに説明してくれる姿からは、
彼の深~いアブルッツォ愛がヒシヒシ伝わってきます。
そして、彼の深いアブルッツォ愛に触れるたびに、
私も何か自分の確信に触れたような幸せな気分になります。
強引なところもある人ですが、
ビーニ氏と過ごすマニアックな時間は、
やはり私にとってかけがえのない特別な時間なのです。

息子のパオロが戻るのを待つ間、
奥さんのフランチェスカから、
今建築中の新居のインテリアについて話を聞き続け。
特に3つあるバスルームのタイルへのこだわりを
誰かに聞いてほしかった様で...

夕食のあとは腹ごなしのパッセッジャータ。

なんと、ヨットハーバーから砂浜にかけて
とんでもない橋が架けられていました。
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歩行者&自転車専用の橋。
春に開通したばかりだと言うのに、
この人気のなさ...

これはいらんもん作ってもうたんちゃうか...

投稿者 uko : 14:06 | コメント (2)

2010年12月21日

ciao Tommaso!

去年会った時は出産間近で、
お腹がパンパンだったアレッシア。

その時、
生まれてくる子の名前は、
最近少し痴呆が始まりだしたという、
旦那様のお父様の名前にすることにした
と聞いていました。
professoreと呼ばれていたトンマーソ氏も、
そのことを大変喜ばれているからと。

そして今回、
"ピッコロトンマーソ"
に会えるのをとても楽しみにしていました。

なかなかタイミングが合わず、
朝の散歩の時間を狙って会おうということに。
Chietiのパラッツォと呼ばれている公園で待っていると、
ベビーカーを押しながらアレッシア登場!!

トンマーソー!!チャオー!!
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いたずらっ子な目はお母さん譲りだねえ。

IMG_1032.jpg
しばらく公園で遊ぶ。
お母さん姿のアレッシアがまだ少し不思議な感じ。

テラスのあるカフェでソーダを飲みながら、
慌しく近況を報告しあい、
旅の最後にもう一度アブルッツォに戻ることを告げると、
今度こそディナーを用意するから家に来て、
ということに。
再会を約束してお別れ。

アンナマリアの家に戻ると、
お昼ご飯の準備をしてディエゴも待っていた。
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いい笑顔だわ。
すっかり懐いてくれた様で、
おばさんは嬉しいよ。

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トマトソースのブカティーニ。
物欲しげなディエゴ。
でもこれは私が味見するためのもの。
ちょっと待ってや。

ちなみに、
この日アンナマリアが
私のためにもうひとつ用意してくれていたのが、
RIMG0152.jpg
いろいろキノコのリゾット!!

もちろん私は、
自分のためにと用意してくれたキノコのリゾットと、
マリオやディエゴのために用意したトマトパスタと、
どちらも美味しく頂きます。

はぁ~幸せ...
アンナマリアありがとう。

投稿者 uko : 10:51 | コメント (4)

2010年9月25日

Sono a Pescara

(加ト吉君が、iPhoneからの
写真アップロード方を教えてくれましたが、
研究できておらず、また文字のみブログです。)

旅の相棒dori
そしてロンドンで合流して
ミラノまで一緒に旅をしたチャーリーと別れ、
昨日の夜ついにアブルツォに帰省。
doriは只今ヴェネツィア、
明日はフィレンツェに移動です。

私はと言えば、
限られた時間の中で、
1人でも多くの友人に会いたいと思いつつ、
なかなかギリギリまで
予定を決めてくれない彼らと、
綱渡りみたいな日程調整の日々です。

そんな中、本日、
去年の夏以降集まっていた募金を、
ビーニ氏と送金してきました。
そして日曜には改めて被災地を訪れる予定です。

そしてそして、
明日の朝はついに、
sakaeさんとアブルツォで再会です!
sakaeさんのアブルッツェーゼ友達と会えるのも
とても楽しみ♪

週明け火曜からは
doriと合流して、
ついに、未知の世界シチリアへ向います。

取り敢えず今日はそんなところで。

おやすみなさい。

投稿者 uko : 06:24 | コメント (2)

2010年8月 8日

マリオの誕生日パーティ③

さて、アンナマリアやアレッサンドラが、
フル稼働でお料理を作っているころ、
マリオの孫でアレッサンドラの娘にあたる
ミケーラやルドヴィーカは何をするかと言うと、
会場設営&テーブルセッティング。

彼らの家の1階が駐車場兼作業場となっており、
そこが誕生日パーティの会場となります。

長女ミケーラの指示のもと、
みんなで飾り付けをして、
テーブルを並べて、
クロスを張って、
お皿やナフキンを並べていきます。

こちらも皆毎年のことなので、
慣れたものです。
RIMG0631.jpg
"誕生日おめでとう!"
RIMG0630.jpg
今年は風船を使った飾りつけ。
RIMG0629.jpg
RIMG0632.jpg
さすがイタリア女子!
お皿一つとっても、
色の並びやおき方へのこだわりに
妥協はありません。

会場が一気に楽しい雰囲気になりました!

空が薄暗くなりはじめる頃、
みんながプレゼントを抱えて集まり始めます。
RIMG0636.jpg
年々大人びてキレイになる女の子たち。
ルドヴィーカ(右)とキアラの姉パオラ。
お気に入り&こだわりの衣装にメイク。
おしゃれと恋の話に夢中の彼女たちに、
おばさんはタジタジですよ...
恐るべし14歳です。

RIMG0638.jpg
やっと席に着いてくれたと思ったら雑談が終わらず、
主役がこの調子なので、
皆なかなか食べ始められなかったときの1枚。
ちゃっかりカメラ目線のご機嫌マリオ。

マリオの合図で食事が始まると、
あとはひたすら食うべし!!
RIMG0642.jpg
女性陣は、
せっせと料理を仕上げ、
運んでいきます。
RIMG0644.jpg
RIMG0646.jpg
奥の席は虫除けのブルーシートのせいで、
風が通らず、かなり蒸し暑かった...
一応若者席で一緒に食べてたけど、
親グループに入っていい年だよね・・・

そして、アレッサンドラ特製デザート登場!
RIMG0647.jpg
こちらお米を使っているという、
プリンのようなもの。
RIMG0648.jpg
味も見た目も本格的なプチドルチェ。
↑こういうの何て言うんでしたっけ?
桃のとかバナナのとか...
そんなに甘すぎず、
甘いものが苦手な私も、
見た目の可愛さも手伝って、
つい一口とつまんでしまいます。

満たされたおなかを〆のカフェで落ち着けた頃、
年配の人たちから順番に、
そろそろ帰りますわ~と、席を立ち始めます。

日本人の私からすると、
中締めどころか〆めの挨拶もなくて、
少し宙ぶらりんな気もしますが、
そんなもんなんでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

招待された人たちが帰って、
片付けがひと段落ついた頃、
マリオへのお祝いの気持ちと、
アンナマリアたち女性陣の労いの気持ちをこめて、
記念撮影を提案。
RIMG0650.jpg
左から、マリオの弟夫婦(ごめんなさい、名前が...)、
そしてマリオの妹リリアーナと旦那様ピエリーノ、
そしてその隣がマリオ、右端にいるのがアンナマリア。
マリオの後ろにいるのが、
アンナマリアの親友ドーラその旦那様。

みんないい笑顔。

いつまでも仲良く、そして元気でね。

さ、今年もそろそろアンナマリアが
ニョッキをつくり始めてる頃かな。

投稿者 uko : 14:11 | コメント (4)

2010年8月 7日

マリオの誕生日パーティ②

ちなみに、
誕生日パーティのメニューは
ざっとこんな感じ。

【アンティパスト】
・生ハムメロン
・トリッパのトマト煮込み

【プリモピアット】
sagne e fagioli
・ニョッキ2種類(昨年はキノコソース&カニソース。)

【セコンドピアット】
・マリオが育てた鶏、ウサギ、
そして買ってきた七面鳥のロースト&煮込み料理。

で、プチドルチェ6種。

こうやって並べてみても素晴らしい。
見事にマリオの好物です。
参加できず、メニューだけを電話越しに
聞かされた日には本当に拷問です。

これだけのものを約60人分なので、
2~3日前から準備や段取りで忙しくなります。

まず、
アンティパストのトリッパ12キロ。
RIMG0560.jpg
イヤ~~・・・
大好物ですが、
塊は結構リアルやね...
これを、前日から解凍させて、
野菜や香草と一緒に柔らかく煮込みます。
RIMG0569.jpg
柔らかく煮込んだら、
これを食べやすい大きさに丁寧に刻み、
(写真には撮りませんでしたが、なかなかの重労働)
当日、
トマトソースと煮込んで仕上げます。
RIMG0626.jpg
そしてお馴染み、
トリッパのトマト煮込み完成!

この出来立てのアツアツを
つまみ食いするのが本当に美味しい!!
手伝うといっても邪魔になるだけなので、
このパーティでの私の仕事は、
もっぱら完成品のつまみ食いです。

そして、ニョッキとle sagneが、
以前紹介しましたが
アンナマリアの手によって、
素晴らしい手際で作られます。

ちなみに、
ニョッキのソースだけは、
アンナマリアの手を離れ、
義弟のマリオがマリオのために
(ややこしいので義弟マリオをマリオ2と呼びます)
腕を振るいます。

前菜とセコンドがお肉料理ということもあって、
毎回魚介系が登場します。
今回はカニ!(ちなみに前回はタコ!)
RIMG0624.jpg
分かりにくいですが、
オレンジの塊りはカニの甲羅です。
間違いなく、ええダシ出てます!

そしてもう一種が、
最近キノコ採りにハマッているというマリオ2が、
自ら採ってきた自慢のキノコたっぷりソース。
RIMG0625.jpg
これがホンマに美味しくて、
あんなに大量のメニューを食べながら、
お代わりしてしまったほどの1品。

マリオ2もこの自信の一品を誰かに理解して欲しかったのでしょう、
作ってるそばから私を見つけると、
ガラガラ声で、
「uko~!ちょっと来~い!」
と呼びつけて、
「まずは味見してみろ」
から始まって、
デジカメで撮った写真を見せながらの武勇伝が
続く続く。

でも、それぐらい自慢しても良いくらい、
珍しくて美味しいキノコたっぷりの逸品でございました。

そして、セコンドとなる鶏・ウサギ・七面鳥たちも、
Image013.jpg
見事にさばかれ(!?)、
リアカーに乗ってどこに行くかというと...
Image011.jpg
マリオ手製の薪釜へ...

ここで一気にローストされます。

また、一部はこんな感じでトマト煮込みに。
RIMG0627.jpg

で、
ドルチェはマリオの娘アレッサンドラの係。
看護師をしながら完璧な家事をこなす
スーパー母さん。
アンナマリアのDNAです。
RIMG0562.jpg
「キッチンを新しくしたから見においで、
ドルチェの準備もしてるところだし。」
と言われて家に付いていく。

見よ!この磨き上げられたキッチンを~!!

ちなみにこの家はマリオが、
コツコツと建てたもの!
3階にアレッサンドラ家族、
2階に息子のネストレ家族が住んでいます。

RIMG0561.jpg
「これが今年のドルチェよ。
どんなものが出来るか楽しみにしといてね~」

ということで③に続く。

いや~あっぱれあっぱれ。

投稿者 uko : 23:26 | コメント (2)

2010年8月 3日

マリオの誕生日パーティ①

ここ数年、
アブルッツォ帰省の大きな目的となっているのが、
8月11日のマリオの誕生日会
昨日、
「今年は9月に戻るから誕生日会に行けないよ~」
と電話しておりました。

1年364日。
朝、
砂糖4杯入れたエスプレッソを飲んで、
畑でひと仕事。
10時過ぎにパニーノとワインで軽い朝食。
そしてまた畑へ。
12時過ぎに畑から戻り、
自家製トマトソースのパスタを食べる。
※麺の種類や具は変わる。
そのままテレビを見ながら
ちょっとウトウトしたり、
DSCF6109.jpg
頼まれた用事なんかをこなして、
また3時過ぎになると畑に戻ってひと仕事。
DSCF6102.jpg
6時半に夕食。
テレビを見ながら家族団らん。
9時過ぎには就寝。
今の季節はテラスで
最高潮に眠くなるまで夕涼み。

旅行もパーティもパッセッジャータも興味がないマリオ。
一見単調に思えるこの営みこそが、
マリオにとってのかけがえのない幸せ。

そんなマリオが、
年に1度。
自分の誕生日だけは、
友達、親戚、ご近所さん、
み~んな招待して、
盛大な誕生日会をします。

もちろんテーブルにはマリオの大好物が並びます。
誰かが歌を歌うわけでも、
豪華景品が当たるゲーム大会をするわけでもありませんが、
大切な人たちに囲まれて、
美味しいものを食べて同じ時間を過ごす。
幸せとはこういうことなんだろうな、と
満足気なマリオの笑顔に、
みんなが幸せのおすそ分けをしてもらった気分になります。

さて、この誕生日会。
毎年60人以上の人が集まる盛大なパーティ。

マリオのためにと裏で支えるのが、
偉大なる妻アンナマリア、
彼らの娘アレッサンドラ、
そしてマリオの妹リリアーナ、
さらに、
マリオの義弟マリオ。

彼らによって60人の胃袋を満たす
素晴らしい料理の数々とドルチェが
用意されます。
RIMG0572.jpg

というところで②に続く。


投稿者 uko : 14:05 | コメント (0)

2010年8月 2日

そして浪速アブ会

私がタラタラしてるうちに、
ジャンナさんジョバさん
ちゃんと浪速アブ会の様子アップして下さってますので、
合わせてどうぞ。

かなり盛り上がったので、
余韻を楽しむかのように、
メールやらコメント飛び交ってましたね~。

アブルッツォをテーマにこのブログを始めたのが、
ちょうど5年前。

すっかり単なる酒飲みブログでしたが、
ジャンナさんやsakaeさん
このブログにたどり着いて下さったのが、
その約半年後。

そして約1年前にジョバさんにも
発掘していただき・・・

まさか、
ブログを通じてこうしたつながりができるなんて、
想像だにしておりませんでしたが、
数あるブログやサイトの中から
このブログを探し出して下さったという奇跡的なご縁に、
そして、
楽しい時間を分かち合える人たちばかりだったという、
このスンバらしいご縁に、
改めて感謝感激のアブ会となりました。

これもひとえにマイナーアブルッツォのお陰!?

さて、
当日は5時半(遅刻しましたが)にモンテ物産でジャンナさんと待ち合わせて、
乾杯用の泡と赤を購入。

6時過ぎ、
まだ外が明るいうちから宴が開始。

今回の場所は、
なんとジョバさんの事務所。
よく「事務所飲み」をされるとは聞いてましたが、
侮ることなかれ、
ワインはリーデルのグラスで頂き、
前菜、パスタ、なんとセコンドまで!
ジョバさんとK嬢さんでご用意してくださってました!

しかも、ブログで何気なく発言したことなんかも
ちゃんと覚えて下さっていて、
好物ばかりが並ぶ並ぶ。

いきなり行くと用意されていた前菜たち。
IMG_0622.jpg
さらに、美味しいパン3種。

さすが、どれもこだわりの強者ぞろいで、
パクつく(ガッツク!?)ジャンナさんと私。

満足前菜でかなりマッタリした頃、
ジョバさん:まだ入るならパスタ作るけど?
ジャンナさん&uko:食べます食べます。

出てきたパスタが、
なんとウサギ肉のパスタ。
何が好きってウサギ肉大好き。
写真を撮るのも忘れて、
フライパンからガンガン食べまくり。
にしてもレンジでチンして作るパスタ有りですね...。
美味しかった~!!

これだけでも十分満足なのに、
セコンドには鶏とキノコを用意して下さってるなんて!
しかも私とジャンナさんがキノコ好きであることを、
K嬢さんが事前にブログでチェックして下さってのこと。

ジョバさんをまた、あの暑い給湯室へ行かせるのは
申し訳ないと思いつつも、
ジョバさん:セコンドまだいける?
ジャンナさん&uko:ありがとうございます!!

これまた、
キノコたっぷり、鶏ぷりぷり、
ローズマリーが利いて美味しかった~!

そんなこんなでろくにアブルッツォの話をすることも無く、
あっという間に5時間が過ぎ...
料理もワインもペースよく空いていきました。

最後は、
6月の渡伊の際に、
イスキアで巨大レモンを買ったK譲さん手作りの
リモンチェッロ登場!!

しかもそれぞれにお土産として持たせてくれました。
IMG_0643.jpg

ホンマ、なにからなにまで、
お2人のさりげなくも細やかなお心遣いに感動しました。
ジョバさん、何回も料理を作りに行かせて、
ホスト役させてスミマセンでした。

ジョバさんとK譲さんはイタリア旅行経験も豊富で、
毎回欲張り(いい意味で)&マニアックな旅をされているので、
普段自分のアンテナでは拾いきれないイタリア情報満載。

次回、渡伊までにもういっかぁ~い!!
と早くも企んでおるのでした。

もう離しませんからね~!!

改めて、
楽しい会にしてくれたジャンナさん、ジョバさん、K嬢さん
ありがとうございます!

VIVA!!アブルッツォ!!

投稿者 uko : 10:52 | コメント (4)

2010年6月29日

S.Stefano di Sessanio

陣内先生のお言葉を借りると、
キラ星のごとく輝く
そんな小さくて魅力的なまちは、
アブルッツォにもたくさんあります。

S.Stefano di Sessanioもそのひとつ。
標高約1200mに位置し、
メディチ家の統治下となり、
羊毛業で発展した歴史も持つ
中世の山岳都市です。
KIF_1693.jpg
車や電車のなかった時代に発展した
これらのまちは、
スケールが歩く人の目線なので、
やはりまちを歩くのが楽しい。
KIF_1691.jpg
入り組んだ迷路のような町並みを縫う楽しみ。
KIF_1682.jpg
かと思うと突然視界が明るくなり、
美しいパノラマが広がったり。
KIF_1709.jpg
坂を上りきると、
目の高さに美しい花が飾られていたり。
DSCN1045.jpg
ヴェネツィアも然りですが、
車が走らないという、
ゆとりと贅沢は、
まちの空間に現れます。

また、
この地域独特の
灰色がかってごつごつした石の壁や、
まだら色の屋根が、
山の緑や空の青、
家に飾られた花の色を引き立てて、
素朴だけど美しい。

そして、
このまちには、
どこからも見えて、
まちを見守るように聳える塔があります。
KIF_1678.jpg
ところが
こちらの塔が、
今回の地震で倒壊してしまいました。

RIMG0534.jpg
話には聞いていましたが、
さすがにそこにあるべきものが
忽然と消えているのはショックなものです。
DSCN1055.jpg
近づくと、
一部基礎は残っていて、
その存在を確かめることができました。

そして、うれしいことに、
現在この塔は再建中です→
sakaeさんありがとうございました!

しかもここは、
近年、外資が入ったり、
アーティストが住み始めたことにより、
活気を取り戻し始めており、
8月に行った際も
既に多くのお店が再開し、
観光客の姿も見られ、
ビーニ氏と2人とても元気をもらいました。

私の大好きな、
ローマ出身の女性がひとりでされている、
手作り雑貨のお店も再開していたので、
嬉しくて思わず
買い物モードに切り替わってしまいました。
DSCN1042.jpg

買ったものの一部がこれ。
RIMG0887.jpg
いつかちゃんと宣伝できるようにと、日本で撮影。

S.Stefanoに行かれた際は、
是非お立ち寄りください。
La Bottega della Arti e dei Mestieri
0862-89645
(詳しい住所、HPはありませんが
歩いていたら見つかるはず。)

って最後はお店の宣伝で終わりましたが。

以上、サント・ステーファノディ・セッサーニオでした。

投稿者 uko : 21:08 | コメント (0)

2010年6月27日

いよいよラクイラ市街へ

え、W杯って何かやってましたっけ??

・・・

どうしたことか、
6月24日の記憶がありません・苦笑


さて、
気を取り直して2009年8月のラクイラです。

この頃、
中心市街地のほとんどが、
立ち入り禁止区域となっており、
軍の監視のもと、
限られた道路からしか中には入られず。
DSCN1031.jpg

私たちは唯一立ち入りが許可されていた
フェデリコ2世通りからドゥオーモ広場へ。
RIMG0527.jpg
ラクイラは約7万人が住んでいた州都。
これほど大きな街が、
賑わいを失い静まりかえっている様子は
にわかには信じがたい光景でした。
大きなホテルや、
DSCN1032.jpg
立派な映画館や
RIMG0526.jpg
ショップが、
RIMG0532.jpg
その日から、
時間が止まってしまったかの様。

RIMG0528.jpg
支柱がかかった建物。
DSCN1029.jpg
通りの脇からも被害の大きさが伺えます。

陣内先生の「南イタリアへ!」でも、
毎朝市場が開かれていると紹介されていた、
街の中心、ドゥオーモ広場。
DSCN1018.jpg

DSCN1022.jpg
その後、
街の象徴的な賑わいであった朝市が、
復活しているのか気がかりでしたが、
今年の5月から、
少しずつではありますが、
再開しているようです。→

そして、
フェデリコ2世通りから
ドゥオーモ広場を挟んで伸びる
主要道路ビットリオエマヌエーレ通り、
DSCN1025.jpg

まだ閉鎖されていた一部も今月6日に開通し、
ラクイラ中心市街地の主要道路が、
通行可能になったようです。→

そして、
アブルッツォの教会の中でも、
特に好きなひとつ、コレマッジョ大聖堂。
SMariaCollemaggio.jpg
※震災前の写真です。

前面の美しい広場が印象的ですが、
DSCN0300.jpg
震災直後は避難場所となっていました。
私が行った時は写真も撮れなかったので、
ビーニ氏から頂いた写真です。
奥に見えるのが大聖堂のファサードです。

避難場所としてのテントは撤去されましたが、
建物自体も被害を受けていたはず。
と、
ネットでいろいろ探していたら、
2010年6月6日に、
コレマッジョでミサのテレビ中継があったことを
伝える記事です。
再建中の天井や柱がよくわかります。→

我々は、
ラクイラを後にして、
サントステーファノに向かいます。

投稿者 uko : 18:20 | コメント (0)

2010年6月17日

仮設テント村@Cansatessa

話を2009年8月のアブルッツォに戻します。

Goffredo氏と再会の約束をして、
Pganicaを後にした私たち。

ラクイラ市街へ行く前に、
ビーニ氏の息子パオロさんが
ボーイスカウトでボランティアをされていた、
Cansatessaの仮設テント村に立ち寄りました。
RIMG0509.jpg
ラクイラ市街から西へ約5キロに位置する
Cansatessaには、
ラクイラ市の被災者が避難していました。

真夏の暑さを少しでも和らげるために、
テントには日よけのシートが張られていました。
RIMG0513.jpg

敷地内には、
小さな教会や日用品店のほか、
RIMG0512.jpg

ボッチェ(砂浜などで行うシンプルな球技。アブルッツォでは結構メジャー)場や、
サッカー、卓球場が作られていました。
RIMG0514.jpg

また、ボランティアの人たちによって、
ダンスナイトや水遊びのイベントなどが、
企画されていました。
RIMG0518.jpg

他にも、
みんなで集まって食事ができる、
大きな食堂テントや、
イタリア人には欠かせない集いの場Piazza(広場)も
作られていました。

多い時には2万人を超える被災者が、
こうしたテント村に避難していました。

まだ、ホテルや仮設住宅での生活を
余儀なくされている方は多いですが、
こうした仮設テント村は、
昨年12月1日の報告で、
全て閉村しています→


投稿者 uko : 16:56 | コメント (4)

2010年6月10日

L'Aquila dal sisma a oggi

アブルッツォの地元紙il centroのサイトで、
L'Aquila dal sisma a oggi(ラクイラ震災から今日まで)
というページを見つけました。

震災直後と今を写真で並べて比較していますが、
特に復旧状況については、
「全然変わってないやん!」と
思わず突っ込んでしまいました。

昨日紹介した
Paganicaの教会も、
私が行った頃のままで、
修復計画がまとまっていない様子。

この迷走振りは
先導役不在を感じさせますが...

個人や小さな行政単位の
努力だけでは何ともならないことは、
やはり国が先導して展望を見出してほしいな、と
切に願うのですが・・・

DSCN1040.jpg
「L'Aquila dal sisma a oggi」内に写真があった、
Bazzanoの復興住宅は、
ちょうど私が行った時も建設が進んでいました。


投稿者 uko : 16:45 | コメント (6)

2010年6月 9日

PaganicaでGoffredo氏と知り合う

Paganicaは、
L'Aquila市街から東に約7キロ、
グランサッソの麓にある小さな集落です。

行政的にはL'Aquilaに属している、
イタリアではfrazioneと呼ばれる分離集落です。
Wikipediaにもあるように、
今回の地震では、
同じくL'AquilaのfrazioneであるOnnaと同様に、
壊滅的な被害を受けました。

(注:以下は2009年8月8日現在の写真です。)

Pganicaに向かう道に、
Onnaの避難所がありました。
RIMG0423.jpg
この辺りまで来ると、
瓦礫を運び出すための軍の車などが目立ち始めます。
RIMG0425.jpg
補強・復旧作業のため骨組みが組まれた教会が、
Pganicaの中心市街地の入口でした。
RIMG0439.jpg
ここで私たちを待っていてくれたのが、
ビーニ氏とは旧知の間柄でもある、
Goffredo氏(写真右)。
RIMG0447.jpg

Paganica生まれで、
約30年間行政都市(capoluogo)であるラクイラで議員を勤め、
今は海外で活躍するアブルッツォ、特にラクイラの人々の
コミュニティネットワークをつくり、
その活躍をメディアなどで紹介することをライフワークとしています。

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少し話は反れますが、
その時に彼の著書を頂きました。
6807.jpg
2006年から2007年にかけて、
主に海外で行われたラクイラやアブルッツォに関わるイベント、
アブルッツォ出身者の活動や活躍をまとめたものです。

そして本日6月9日、
彼の新しい本の出版記念イベントがあるそうです。
タイトルは"L'Aquila nel Mondo"
Invito - L'Aquila nel Mondo.pdf
2008年から2009年末までをまとめたもので、
震災前後のアブルッツォや世界で活躍するアブルッツェーゼの
動きを知ることができる貴重な本だと思います。

彼は普段もメールマガジンで
世界中のアブルッツェーゼに向けて
世界中のアブルッツェーゼから送られてきた
プレゼン映像などを配信してくれています。
私もいつか日本から発信できるように頑張ろう。

そしてそんな人と引き合わせてくれた
ビーニ氏に感謝。
--------------------------------------------------------------

さて、
そんなGoffredo氏の案内で、
当時立ち入り禁止区域となっていた、
中心市街地内を歩きました。

--------------------------------------------------------------
アブルッツォの人は、
辛いし悲しくなるからと
こうした写真を見たり紹介するのを
避ける方が多かった印象を持っています。

私も地震から時間が止まった町を目の当たりにすることは、
とても胸が痛みましたし、
それはブログを書いている今も同じです。
じゃあ何のために?!
と自問自答することもありますが、
この場では、
ただ自分が見てきたものを
報告できたらと思います。
--------------------------------------------------------------
RIMG0426.jpg
立ち入り禁止テープが張られたまちの入口
RIMG0440.jpg
役場の前の道
RIMG0446.jpg
役場や教会、カフェが集まる町の中心広場
RIMG0456.jpg
広場から伸びる道
RIMG0451.jpg
住宅が密集した脇道
RIMG0460.jpg
ルミナリエが残る教会までの道
RIMG0473.jpg
比較的新しい家屋も大きな被害を受けています
RIMG0485.jpg
町の端にある修道院は全壊してしまい、
隣に日本の建築からもヒントを得たという、
木造の修道院が建設中でした。

あれから1年以上が経ちました。
町の復旧は進んでいるのか、
住民さんたちは戻ってきているのか、
今年もまた、
ビーニ氏やGoffredo氏に会う機会を作って、
確かめに行きたいと思っています。

投稿者 uko : 11:28 | コメント (2)

2010年6月 7日

abruzzoガイドブックげっつ

あまりにも逞しくなった太ももに驚愕...!
これは"いよいよ"と、
このところ、
朝からジョギングやらスイミングに勤しんでおります。
ダイエットの効果こそまだ表れていませんが、
体を動かすのはやはり気持ちが良いものです。

さて、
イタリア旅行に行っていた加ト吉君が帰ってきました。
そして、
何とも嬉しいことに、
アブルッツォガイドを2冊も買ってきてくれました!
よりによってアブルッツォ版だけ無かったりで、
結構探してくれたようで...
ホンマ、ありがとう!
IMG_6807.jpg
1冊はお馴染み、
DEAGOSTINIのガイドブック。
私が始めてアブルッツォに行った時に
購入したモノの改訂版。
デザインが大きく変わって、
すごく見やすくなっている!

そしてもう1冊は、
ツーリングクラブイタリアが出している、
若者(というか子ども)向けのガイドブック。
IMG_6807(2).jpg
ガイドブックというよりは、
ゲーム形式の問題なんかもあって、
楽しいアブルッツォの教科書という感じ。
もちろん、写真やイラストも多いし、
字も大きいし、
表現も比較的分かりやすいし...
私(のレベル)にはピッタリなのでとても嬉しい!

さすがのナイスセレクト2冊!
これでしっかり勉強しよ~♪
加ト吉君ありがとう!!

投稿者 uko : 11:06 | コメント (2)

2010年5月17日

テロップの「アブルッツォ」に感動する

全国1億2千万人(?!)のアブルッツォファンの皆さん、
こんばんは。

本日の「小さな村の物語イタリア」はご覧いただけましたか?

私は勿論、
例によって友人の家で、
美味しいカレーをご馳走になりながら、
かぶりつきで楽しみました。
いつもホンマにありがとう。

そうです、
今日の村はアブルッツォ州の
Castrovalvaカストロヴァルヴァ
IMG_0292.jpg
まずオープニング早々、
テロップとして流された
「アブルッツォ州」に感無量。
※嬉しさのあまり、
この後もテレビに映るアブルッツォを
写真に撮りまくってしまいました・苦笑

雪の季節でしたが、
その山並みの美しいこと。
時々遠くに見えていたのは
マイエッラじゃなかったかな~
そして、
その山に鷹ノ巣の様に張り付く小さな村。
またその瓦の美しいこと。
IMG_0296.jpg
ホント、
エッシャーはどうやって
この小さな村とめぐり合ったんでしょうか。

過疎化、高齢化が進み、
今では20人に満たない住民しかいない村ですが、
村を愛し、営みを続ける人々の生活を
垣間見ることが出来ました。
時々聞こえるアブルッツォ訛りにも耳を傾けつつ。

今回の主人公はCastrovalvaに戻って
アグリツーリズモを始めた女性
(羊を飼い、チーズやサラミを自家製してました)と、
村の歴史を地域の新聞に綴り続けるおじいさんでした。

そして最後にその女性が言っていました。
「小さな村で暮らしているからこそ、
人間的なあたたかい絆が築けるんです。」と。

まさにそれこそが、
いつもこの番組で気づかせてくれることです。
IMG_0301.jpg
今日見逃された方、
来週も再放送してますから、
是非ご覧ください。

※写真は放送中にテレビ画面上から撮ったものです。

投稿者 uko : 23:53 | コメント (10)

2010年5月16日

今最も会いたかった方に会えました(T_T)

まだかなり興奮状態ですが、
このブログでも何度か私のバイブルとして紹介しています、
「南イタリアへ!」の著者でもあられる
陣内秀信さんに、
ついに、ついに!
会って更にはお話までさせて頂く機会に恵まれました。
ずっと、会いたい会いたいと思い続けて11年!
まさに感無量(T_T)

最近はNHKにも出演されていたので、
ご存知の方も多いと思いますが、
まさにイタリアの都市・建築史研究の第一人者です。

来週からイタリアに行く加ト吉君と、
このところ陣内先生の本を
改めて読みまくってたこともあり、
「こんなに会いたいのに、
どうやったら会えるのか、
いっそいつ東京に行ってしまおうか...」
と真剣に話していたぐらい会いたかった方です。

そんな陣内先生が、
なんと今日大阪で講義をするらしい
と加ト吉君が教えてくれたのが昨日の夕方。

生講義が聴けるなら是非!と今朝予約を入れて行ってきました。

建築や都市計画の専門家や学生ばかりの集まりだろうと思っていくと、
少しご年配の、しかも大半が女性の
なんともアットホームな講座。
これはいい意味で裏切られました。

ちなみに講義は、
ヴェネツィアから始まって、
江戸、大阪に至るまでの
水の都市の話。
たくさんの写真を使った、
楽しくて分かりやすい講義でした。

講義中も、
生陣内先生の講義を受けていることに、
涙が出そうなくらい感動してました。

で、結局講義後の懇親会にも参加することにして、
陣内先生に
「アブルッツォ愛」を短時間で一生懸命伝え、
ちゃっかり
読み始めていた先生の著書に
サインまで頂き、
IMG_0290.jpg
有り得ないくらいミーハーパワー全開で、
終始感動の時間を過ごしていました。

陣内先生、
本当に有名な方ですが、
気さくでノリの良い方で、
ますますファンになってしまいました。

先生が講義のまとめで話しておられた言葉。
「まちづくり」から「まちづかい」へ。
「つくる」という言葉に、
私個人としては少し恐れ多さを感じてましたが、
「つかう」ということなら
私にも何かできることがあるかも知れない。
そう思えました。

私ができるアブルッツォでの「まちづかい」を
しっかり考えていこう!
改めて心に誓ったのでした。

今回、ひょんなことから参加したこの講座。
中心になって動かれていた方も、
他の参加者の方もとても魅力的な方ばかりで、
そうした新たな出会いにも感謝した一日でした。

加ト吉君、ホンマにありがとう。
懇親会中もお世話かけてすみませんでした...!
でも、かなり楽しかったね♪

投稿者 uko : 21:43 | コメント (4)

2010年4月27日

こんなん見つけました

貰いっぱなしや買いっぱなしで
何があるかもよく分からなくなっていた、
アブルッツォ本&資料の棚をゴソゴソしてると、
すごいもの見つけました。

これ↓↓↓
IMG_0217.jpg
'viaggio in abruzzo'漫画で読むアブルッツォガイド!!!
...て。

IMG_0216.jpg
お~、ちゃんと行ってますね~、
コレマッジョ教会に99の噴水...
会話形式で説明が続きます。

確かに文字ばっかりよりは
楽しめるかな~と思ったり思わなかったり。

でもね~
ヒーローがね~
格好よくないんだよね~

誰かにもらったんだと思いますが、
既にどこで手に入れたか記憶になく。
そしてなぜかラクイラとテラモバージョンのみ。
キエティとペスカーラも手に入れよう、かな。

これ、意外(失礼)と好評だったのか、
やるならとことんと思われたのか、
英語版「アブルッツォ旅行」など、結構いろいろあるみたいです。
4ユーロ位からで手に入ります。
↓↓
studio di vitto editoer
(妙なアナウンスが流れ続けますので、お気をつけください。)

「さあ、漫画のヒーローとアブルッツォを旅しよう!」

皆いろいろ考えるな~

投稿者 uko : 16:19 | コメント (4)

2010年4月21日

羊飼いを見守る教会

遠い国の出来事だと思っていたアイスランドの噴火。
ところが、
タイミング良くというか、悪くというか、
アリタリアの友人たちが日本で足止めをくらってしまったおかげで、
その間いつもとは少しリズムの違った日々を過ごしてました。
昨日無事、帰国。

さて、話は戻って昨夏のアブルッツォ。

私たちは少しずつ高度をあげながら、
Paganica、L'aquiraへと向かいます。

このあたりを車で走っているとポツポツと
単独で建つ教会が現れ、目をひきます。
RIMG0398.jpg

原っぱにポツンと建つ教会は、
まちなかにあって、その前には広場があって、
まちの人々の交流の場となっている...
という教会を見慣れた私にとってはどこか不自然にも見える風景。

でも今回そんな教会を眺めながら、
やっと気がつきました。

羊の牧畜や羊毛工業など、
羊が経済の繁栄を担ってきた歴史を持つラクイラ。
しかしながら高地で冬が寒いため、
冬を中心とした1年の半分は、
羊達は南のプーリャへ向けて移動をしていました。

そう、これらの教会は、
プーリャへと向かう羊飼い達の心の拠り所として、
体を休める場として建てられたのではないだろうか。

そう考えると、
こうして点在しているのにも合点がいきます。
今度ビーニさんに会ったらちゃんと確かめよう。

とか思っていたらそれを裏付けるサイトをいくつか発見。
↓この教会、Santa maria dei Centurelliをサイトで検索したら
ちゃんと説明がありました。
(イタリア語だからキーワード拾っただけですが...)
それによると、
やはり羊飼いの道中に点在し、
どうやら道しるべとしての意味合いも大きかったようです。
RIMG0408.jpg
そんな季節移動の歴史を見届けてきた教会も、
震災の影響を受けていました。
RIMG0409.jpg

RIMG0410.jpg

RIMG0411.jpg

いつも何気なく見て、感じるだけでしたが、
この機会に、
頑張ってアブルッツォの歴史の資料なんぞも紐解いてみようか、
みまいか...(てか、みろよ)

投稿者 uko : 11:32 | コメント (0)

2010年4月16日

Bussi sui TirinoからCapestranoへ

Giannaさんのブログ経由で、
ここに来て下さったくみこさん
なんと今年の夏はご家族とアブルッツォで過ごされるということで、
便乗して私のアブルッツォ熱も上昇中。

ガイドブックを引っ張り出したりしていると、
やっぱりいいとこですよ、
アブルッツォ!!
いや~、魅力再認識。
それにしてもまだまだ行ってないところも多いな~と
自分の蓄積のなさも再認識。

そんな訳で昨夏(!)のアブルッツォ記再開。

アンナマリアたちの住むSambucetoを出発して30分もすると、
もうそこはグランサッソ国立公園(il Parco Nazionale GranSasso-Monti della Laga)内。
そして、最初に私たちを迎えてくれる町がBussi sui Tirino。
RIMG0381.jpg
私の中でのアブルッツォの原風景のひとつでもある、
美しい山岳の城壁都市(Borgo)が姿を現します。
RIMG0382.jpg

RIMG0383.jpg
何度みても、
山並みの中に現れるまちの姿は美しいな。
ビューポイントでスッと車を止めてくれるビーニ氏。
このあたりは、同じBorghi好き同志説明がいらないのでありがたい。
RIMG0388.jpg
そして、私が見とれてる間に「イチジク!イチジク!」と
イチジクの木を見つけて興奮する食い意地の張った私のために、
イチジクを収穫してくれるビーニ氏。

二人でイチジクをほうばりながら、目指すはCapestrano
こちらも同じく中央に聳えるお城を中心に広がった、
中世の山岳都市(Borgo)。
長い歴史の中ではメディチ家が統治していたこともあります。
RIMG0393.jpg

RIMG0394.jpg
そして、このまちを有名にしたものといえば、
↓こちら!Il Guerriero di Capestrano(カペストラーノの戦士)
capestrano.jpg
おそらくアブルッツォを訪れたことのある方なら、
どこかで一度は目にされているはず。
男性にも女性にもみえる、
ユニセックスな曲線。
足は馬の様にも見えます。
そしてやたらつばの広いかぶり物。
その独特の姿は一度見ると印象に残ります。
紀元前6世紀頃の古代イタリア文明を物語る貴重な像です。
la statua funerariaとあるので、
お墓に一緒に埋められたものなのでしょう。
Cheitiの考古学博物館で見ることが出来ます。

1934年に、偶然畑仕事をしていた農民によって
このCapestranoで発見されました。
RIMG0616.jpg
ビーニ氏の家でもレプリカを発見。
好きだな、この人のアブルッツォマニアなところ。

Capestranoも遠くから眺めて終了。
Barisciano、Paganicaを目指します。

投稿者 uko : 12:23 | コメント (2)

2010年4月 6日

ご報告が遅くなりすみません・・・

なんだかここに来るといつも反省をしてる気がしますが...
今日も懲りずに反省しながら書いてます。

2009年の4月6日、
308名の犠牲者を出した大地震がラクイラを襲いました。

あれから今日でちょうど1年です。
遠くにいながらも何かできることを、
と昨年の7月から始めた支援募金のご報告が、
今になってしまいすみません。

おかげさまで、
本当に多くの方のご協力のおかげで、
約2週間で23,340円が集まり、
それを持って昨年8月にアブルッツォに行ってきました。
RIMG0539.jpg
(夏の第1陣はアンナマリアたちと一緒に集計しました)


その後も、
「もうちょっと貯まってから渡すよ」と
店頭や家に置き続けてくれた方、
定額給付金(!)をそのまま下さった方、
貯めていた小銭を貯金箱ごと下さった方...

「できることがあるなら」と
快くご協力くださった全ての皆様に、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、今日現在、
募金は54,249円にのぼりました。
本当にありがとうございます。
aburzzo versamento2.jpg
-----------------------------------------------------------------
さて、その募金の送金先ですが、
当時アブルッツォでは、
政府の募金の使途について、
本当に必要なところに使われていないという
住民の怒りが結構飛び交っていました。
(G8の来賓用に金の蛇口を作ったとか...)
私に対しても、
「何に使われるか分からないから止めた方がいい」と
いう人がいたのも事実です。

そこで、ビーニ氏と相談し、
大きな組織ではなく、
小さな村で気持ちを伝え、
大切に使ってもらえるところに
送金しようと決めました。

そして、
市長(村長?)がビーニ氏の友人ということもあり、
PrataD'Ansidoniaへの送金することを決めました。

ラクイラの市街から東に約20キロ、
サフランの畑が多くみられるエリアにあります。
人口は2007年現在で547名の小さな村です。

ペルトゥイヌムの古代ローマ遺跡città romana di Peltuinumや、
中世の城壁都市遺跡CastelloCamponeschiなど、
州でも重要な歴史遺産を多く持つ村です。
DSCN1080.jpg
Peltuinumにて(ビーニ氏撮影。ちょっと登場してみた)

DSCN1069.jpg
以前州の視察でも訪れたCastelloCamponeschi

DSCN9310.jpg
残念ながら昨夏ビーニ氏と避難所を訪れた時には、
村長のフランチェスコ・ディ・マルコ氏とはお会いできませんでしたが、
震災直後の写真を頂いたので..
左がディ・マルコ氏、右はビーニ氏。

RIMG0617.jpg
募金第1弾を郵便局から送金しているところ。
この時の募金の多くは、
バールウノで集められたものであったため、
ビーニ氏の提案で
「バールウノの仲間達より」
として送金しました。
後日、ビーニ氏経由で村長さんからのお礼の言葉を頂きました。

この村は復興プロジェクトとして
芸術や職業訓練(職人養成??)校
(この日本語がどこまで正確か微妙ですが)
の計画も進んでいます。

そうした村の、アブルッツォの未来へ、
少しでも役立ててもらえることを願っています。

そして、
昨年の渡伊以降にお預かりしている
残りの募金についても、
送金しましたらご報告させていただきます。

また、
次回こそは是非村長さんとお会いして、
これからのまちづくりのお話など聞いてみたいなと
思っております。

最後になりましたが、
沢山の方にご協力いただいておきながら、
ご報告が遅れてしまい本当にすみませんでした。

え、アブルッツォサイト...?!
そうです、これも心入れ替えて頑張ります。

こんな私ですが、
今後ともどうぞよろしくお願いします。

投稿者 uko : 17:07 | コメント (16)

2010年3月21日

そして濃厚な(!?)アブルッツォ24時間1本勝負。

もうひとつ舞い込んで来たアブルッツォネタ。
(写真無しの上、やたら長いです)

花粉症でボーっとした頭でメールを見てると
Sono ad Osaka!(大阪におるで!)」というメール。
おおぉ~!ダリオ!

ダリオとは...
1年半ほど前に在阪イタリア人友達の紹介で知り合った、
アリタリアのパイロット、
で、アブルッツォ人。

その後ミラノ―関空便がアリタリアから消えてしまい、
なかなか会えずにおりましたが、
久しぶりにローマ―関空での来阪が実現したのでした。
しかも今回は、
同じくアリタリアのパイロットである従兄弟のジュリオも一緒。
ということで、
早速Giannaさんもお誘いして宴をセッティング。

しかも嬉しいことに、
某伊料理店の優秀なカメリエーレS君のお休みが重なって、
このマニアックなアブルッツォナイトに参加してくれることに。

私の理解違いでお店の用意ができていなかったのですが、
そこはS君、
お魚が美味しくて有名なお店を思い出してくれて一同移動。

春を感じる釜揚げシラスや桜海老のかき揚げ、筍の炭焼き...
普段なかなかお目にかかれない、
鰆や金目、太刀魚にアナゴなどの豪華なお刺身。
とにかく、新鮮なお魚と旬の野菜を堪能しました。

食べるのも飲むのも大好きな人ばかりの集まりというのは、
ホント、恐ろしい勢いで...
ここには書ききれない程、食べて飲みました。
そして、食前酒として飲んだ梅酒をえらく気に入った彼らは、
翌日お土産に買ってました。

2件目は、
ジュリオの「ブラジルで飲んだカイピリーニャが美味しいから、皆に飲ませたい
という一言で、これまたS君のアシストでアブサンへ。

外国人が集まる店として有名らしいけど、
本当にすごい外国人の数。
しかもご希望のカイピリーニャもメニューにあって、
まずは全員でオーダー。
これがライムたっぷりですごく美味しくて、
私、ダリオ、ジュリオはひたすらこれを飲む。
この店、
アルコール度の高いお酒でいろいろなパフォーマンスをしてくれたり、
水タバコが楽しめるので、
いつもと違った雰囲気でお酒が飲みたければ、是非お試しを。

結局、この日の宴は2時まで続く。
翌日お仕事だったGiannaさん、S君お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

そして話はここで終わらず。
とにかく彼らにとって、
私の見事な(?!)アブルッツォ訛りがたまらないらしく、
しかも、彼らの実家は私もなじみのある場所なので、
またまた地元ネタで盛り上がる。
共通の知り合いも遂に判明!

ダリオに至っては、その盛り上がりの勢いのまま、
なんと翌日私の仕事に付いてくることに!

この日の仕事は、
神戸の図書館と市役所で情報を収集するというものでしたが、
俺がいないつもりで仕事に集中してくれたらいいから」と、
本当に同行。

朝ホテルで待ち合わせて、(←家にはちゃんと帰りましたよ)
朝食を一緒に取って、
ウノでエスプレッソ飲んで景気付けて、
いざ神戸へ。

こんな大きなおっちゃんどこに行っても目立つのに、
よりによって役所とか図書館という、
極めて外国人率の低い場所に同行となると、
「いないつもり」
なんか到底できないくらい存在感ありまくりだったはず...

パイロットなんて、
空港で見かけると
「きゃ~」と目がハートになるくらい格好いい存在ですが、
隣にいるのは、本当に普通のおっちゃんで、
何度も制服姿は格好いいかも知れないと、
一人妄想コスプレしてテンション上げてました。

せっかくの神戸なので、
南京街で餃子食べたり、
市役所の展望フロアで
おばちゃんや修学旅行生に交じって関空探したりと、
観光も交えながら何とか業務遂行。

帰りの電車では、
パイロットの血が騒いだらしく、
運転席の後ろを陣取り、
秒刻みで管理された日本の運転技術を堪能する。

久しぶりに、
かなり長時間アブルッツォ訛りのイタリア語を
駆使し続けたこともあり、
大阪に戻ってきた頃にはかなりぐったり。

それでもある意味お互いかなり貴重な経験をしたよな...

いや~濃い24時間だった・・・

ちなみに、
S君が働いているお店は、
前々からアリタリア航空の皆さま御用達のお店だったらしく、
私と別れた後は
スタッフ皆でそちらでディナーを楽しんだそうな。
そう思うと世間は狭いもんです。

皆さま、次回渡伊の際は是非アリタリア航空をご贔屓に。

Giannaさん、S君これに懲りずまた遊んでくださいね。
ありがとうございました。


投稿者 uko : 13:30 | コメント (2)

2009年10月 9日

子どもたちに人気のおもちゃは...

"今日はお昼が遅かったから、夜ご飯は9時スタートやからな"
とマリオに言われて、
美味しいものが頭にふわふわと浮かびましたが、
残念ながら(おいおい)友達の家で食事なのです...

短い滞在期間、
1年分のアンナマリアの味を蓄えておきたいけれど、
意外と一緒に食事をする機会が少なかったりします...

アブルッツォ初日の夜は
おなじみ、
キエティのピーノ家で食事です。

毎年のことながら、
子どもたちの成長ぶりに、
時間の経過を嫌というほど思い知らされます。

小さい時は私のそばを離れなかった子どもたちも、
"友達の家に行ってまだ帰ってない"
とか言われた日には寂しかったり、
そうか、子供たちだけで遊べる年になったかと感慨深かったり...

イタリアに行く前、
子どもたちのお土産にと100均で買って行った
"ファンシー"な文具やおもちゃ。

エマヌエラのお気に入りは、
"手がびょんびょん伸びてそこらへんにひっつくやつ"でした。
RIMG0340.JPG
そして遊びに来ていたエマヌエラの友達は
RIMG0341.JPG
i-podのピアノゲームに夢中。

去年はPCでストップモーションアニメを作って
私をビビらせた天才少年フランチェスコは、
今年は自分で作った曲をピアノで披露。
RIMG0346.jpg
曲が頭に浮かんできて、
一度弾いた曲は忘れないらしい...
私には未知の世界。
輝かしい未来が待っていますように...!

そして、今どきの共働きファミリーの食事(とか言ったら怒られるか...)
RIMG0350.JPG
前の日がフランチェスコの誕生日会だったというのもありますが、
ワインもパスタも影をひそめ、
ビール、コーラ、ファンタ、ピッツァ、サンドイッチ...
パーティメニューが並んでおりました。

食後はお決まりのパッセッジャータ(散歩)。
近所の公園がリニューアルされたとかで見に行くことに。
好き嫌いは分かれましたが、
遊歩道が舗装されたり、
池に奇麗な橋がかかったりして、
賑わっておりました。
RIMG0370.jpg

RIMG0372.JPG
夜の11時にテンションマックスで遊ぶ子供たち
どっちかというと、大人の方が眠さと闘ってます。

広場に特設されたkaraokeコーナー。
RIMG0375.JPG
意外と皆シャイで、お世辞にもあまり上手とは言えず...
時間が経つ程浮いていく、
ノリノリ(をキープするのに必死)だったDJのお兄さん...
ご苦労さまです。

夏の夜はまだまだ終わりそうにないですが、
明日も早いし...と、
ぐずる子どもたちを引きずりもって帰ってきました。

投稿者 uko : 15:14 | コメント (2)

2009年10月 1日

いざ、アブルッツォ...!で、また...

「タクシーで駅まで行くなんて割りに合わないわ」
とインフォメーションのお姉さんに言われたので、
帰りはゴロゴロとスーツケースを転がせて、
Macerata駅へ。

MacerataからS.Benedetto del trontoまでローカル線、
そこからはインターシティに乗っていよいよPescaraCentraleです。

お昼のスパゲッティを用意してもらうために、
2時頃には家に着きそうだと
アンナマリアに電話で伝える。

S.Benedetto del trontoからPescaraまではインターシティで約40分。
バスに乗る時間も含めて一時間もすれば
待ち焦がれたアンナマリアのスパゲッティ!!

RIMG0322.jpg

電車では若いお姉さんと老夫婦と同じコンパートメントに。
Signoreは渋いええ声で、背も高くて、
昔もててただろな~という感じの素敵な方。

やはり南に行くほどフランクになるのか、
長旅に退屈していたのか、
新入り(私のこと)歓迎ムードで電車が動き出した頃には
私への尋問が始まる。

聞けば皆バーリの人だったので、
プーリャは大好きだと伝えると、
"それならあんた、プーリャ人と結婚するべきだよ、
プーリャの男が一番。
プーリャ人程働きもので、優しい人はいないよ"
"そうだ、それがいい、それがいい"
と満場一致でやたら盛り上がる。

じゃあええ人紹介してください。
よろしく。

Giulianova→Pineto...
なじみのある駅名を通過する度にソワソワ。
乗り合わせた皆とも、
"もうすぐPescaraだね~、
美味しいスパゲッティが待ってるのか、そりゃあいい!"
とワクワクした気持ちを分かち合う。

...と、
なぜか停まらないと思っていたSilvi駅で停車。

しかも、5分経っても10分経っても発車しない...
例によって何のアナウスもなく、
乗客皆が"あれ、なんかおかしい..."とざわつき始める。

またかよ~!!!
うんか、すん位言うてや...。

とりあえず待たせているアンナマリアに電話。
すると、なんと、
マリオがukoと一緒に食べるからと、
お昼を食べずに待ってくれているらしい。

1日の中でも特に食べることのリズムが完璧なくらいに決まってて、
12時にパスタのお湯が沸いてないと、
機嫌が悪くなるマリオが待ってくれている...!

それはそれは嬉しいけど、
こんな時に限って電車が止まって未だ情報も得られず。
どうか、今からでも先に食べててくださいとお願いしても、
"待つ"
と言ってきかないらしいので、
しょうがない、
あとは電車が1分でも早く動き出すよう、

祈りましょう。

そんな時、情報収集に出かけて席を離れていたSignoreが、
そこら中の乗客に質問攻めにあいながら戻ってくるも、

"線路の問題"

ということ以上分からなかったらしく、
結局、直ぐに動き出すのか動き出さないのか解釈に苦しむ皆に、

"そもそも最初っから、トラブルもなく無事に着くなんてうまい話はない。
こんな時は、良いことも悪いことも想像するな、

無になれ"

と諭すSignore。

さすが。

皆固唾を呑んで発車のベルが鳴るのを待つ。

結局、30分程で動き出す。
まあ、まだマシな方かとホッと一息。

なんとか無事にペスカーラに到着!!

"走れ走れ!スパゲティがちょうど茹で上がってるぞ!"
Signoreの言葉を背に、あとひとっ走り!!!
マリオ、アンナマリーア今行くで~!!

投稿者 uko : 00:37 | コメント (2)

2009年8月16日

ただいま

RIMG0882.jpg
(ラクイラ県、サントステーファノディサッサーニオにある大好きなボッテガが再開してましたので記念に)

どっぷりイタリアに浸かって帰ってきました。
満喫した~!!
と思ってたけど、
帰ったとたんイタリアシックです。

結局、giovaさんが行かれた
Macerataの野外オペラにどうしても行きたくなって、
本当に家を出る10分前にチケットだけを予約して日本を脱出。
気分次第、人次第で、
ミラノから出発した旅は南はソレントまで。

アブルッツォではアブルッツォ州のビーニ氏と
丸一日かけてラクイラの被災地を見学。
予想を大きく上回る被害の大きさに心を痛めています。
後日、州事務所にもお邪魔して、
皆さんにご協力頂いた募金の送金もしてきました。
詳しくはまた後日ご報告します。
RIMG0596.jpg
(アブルッツォ州の皆さんと。募金箱を持っているのがビーニ氏)


何せ、
やっておきたかったことをして、
会いたかった人にあって、
食べたいもの食べて、
観たいものをみて...
後半は会社の電話は完全オフにして、
満喫してきましたので、
また(というか今度こそ)日記頑張ってアップしますから
また読んでくださいね。

明日から仕事。
前進あるのみやな...

投稿者 uko : 23:35 | コメント (2)

2009年6月26日

DOMANIの続き

SMariaCollemaggio.jpg
(ラクイラを代表する中世ロマネスク様式の教会。
サンタマリアディコレマッジョ。
平面的で独特なファサードと色彩が大好きです)

6月18日には手元に届くはずだった
アブルッツォへの震災チャリティCD「DOMANI
未だ届かず...
入荷待ちとか...
実は一人でも多くの人に聴いてもらいたくて、
結構まとめて買いました。私。
だからか...??

そして、すでに聴かせた人に
「(歌詞が)何言ってるか全然分からん」
と言われたので、
せっせと訳というものをしてみました。

私が知ってる中で一番日本語が達者なイタリア語の先生を捕まえ、
(漢字テストとかしたら負けそうなぐらい)
二人でああでもない、こうでもないと訳しました。

歌詞の世界だから、
そこで例えようとしたこととかどんなに想像しても
正解は本人しか分からないことだと思うと、
深いというか難しい...

要は日本語の表現力なのですが、
ネットでの公表は恥ずかしいのでやめておきます。

そこで改めて歌詞の世界に触れたのですが、
実はこの歌詞の中に、
アブルッツォの方言で歌ってくれてる箇所もあるのです。
粋やな~と思います。
しかも大好きなFabriFibraがラップで歌ってます。

それがここ↓
comu le scole,le case e specialmente lu core
e puru nu postu cu facimu l'amore

イタリア語にすると↓
come le scuole,le case e specialmente il cuore
e pure un posto cui facciamo l'amore
―例えば学校や家、そして何より心を、
そして愛を確かめる場所を(立て直していこう)

冠詞 il が lu になったりするのはナポリ弁とかと似てるのかな。
標準的なイタリア語に比べてあまり口を開けずに、
「クシュクシュ」した雰囲気があります。
比較すると面白いので一度声に出して読んでみてください。

ちなみにこのブログのタイトル
Steng''bbone
もアブルッツォの方言で
Sto bene(私は元気です)

私たちが大阪弁を話すように、
やっぱり、向こうに行くと向こうの方言を話したくなります。
難しいけど少しずつ覚えていきたいものです。

***********************************

今回、CDの到着に合わせて
震災の被害などを改めて調べてます。
日本では震災2週間後くらいから殆どニュースで伝えられなくなりましたが、
数字で現状を見ていただくと、
どれだけ大きな震災であったかがわかって頂けると思います。
また当然ながら決して過去のものでないこともよくわかります。

●6月21日イタリア防災庁発表の被災者避難状況
 仮設テント       22,875人(テント数5277)
 ホテル          20,987人
 個人宅でのステイ  9,578人 
    計         53,440人

また政府が被害の大きかった45のモニュメント、教会、公共建築をシートにまとめています。
こちらから
これらの修復のために政府が設立した義援金受付口座もあるそうです。

遅ればせながら支援金のご協力をお願いする予定です。
このサイトでも紹介したアブルッツォ州観光開発局のビーニ氏から
頂いた情報も合わせて発信しつつ、
集まった支援金はアブルッツォ州が設立した支援金口座に寄付する予定です。
ちなみに政府指定の復旧が必要なモニュメント等は45ですが、
州の調査では実際に1000はあるだろうとのこと。
少しでもお役に立てればと考えています。

また改めてお知らせします。
どうぞよろしくお願いします。

投稿者 uko : 12:04 | コメント (0)

2009年5月30日

DOMANI~non siamo cosi soli,domani e' gia' qui

バナーがおかしなことになっていますが...

昨日素敵な音楽に出会いました。
banner2.gif
"DOMANI"

4月6日に起こったアブルッツォ州での震災からわずか2週間後に、
イタリアを代表するミュージシャン、
なんと総勢56名!がミラノに集まり、
素晴らしいアブルッツォへの応援歌を作り上げました。

不安な夜に、
この曲を聴いてどれだけの人が励まされたかと想像するだけで、
胸が熱くなります。

この曲は、
素敵な写真と楽しいイラストを交えたアブルッツォブログ、
"BELL'ABRUZZO"を立ち上げられた
ジョバさんに教えて頂き、
昨日早速i-podにダウンロードしました。

第一声から大好きなLIGABUEで、
この時点から鳥肌が立ちっぱなしです。

世代もジャンルもレコード会社も超えて、
個性と才能に溢れたミュージシャン達の結晶です。
彼らが発する暖かいメッセージは、
被災者の方たちへはもちろん、
私たちにも本当に元気をくれる一曲です。
普段イタリア音楽にあまりご縁がなかった方も、
是非聴いてみてください。

レコーディングの様子をまとめたミュージッククリップも大迫力です。
イタリア音楽ファンの方は目から涎(!?)が出そうになりますよ。
それぞれの皆さんの顔が本当にいいです。

(HPからも見れますが、ダウンロードに時間がかかるのでyoutubeでどうぞ)

アマゾンで6月16日からCDが購入できるみたいです。
収益金はアブルッツォへの寄付となるとのこと。
一人でできることは小さいかもしれませんが、
是非皆さんのヘビーローテーションにしてください。

追伸、この曲のオリジナルは元PFMの
Mauro Paganiの同タイトル曲です。
美しい曲です。


投稿者 uko : 10:23 | コメント (1)

2009年5月23日

おい私。

F1時々見てましたが、
全然知りませんでした..
.J.トゥルーリ、故郷の地震被災地を訪問
て。
しかもペスカーラの方だったのですね。
「ハミルトン♪」とか言うてましたが、
にわかですが、
モナコからは熱烈応援させていただきます。

4月6日の震災義援金も募られています。

loveabruzzo.jpg
アブルッツォネルクオーレ

私の震災支援金計画、
呆れられてそうですが、
気持ちばっかりあせってます。
近くお知らせしますので、
すみません、
よろしくお願いいたします。

投稿者 uko : 11:46 | コメント (4)

2009年4月17日

最近アブルッツォがかなり私の脳を支配しています。

L%27Aquila_38.jpg今回特に被害の大きかったChiesa di Santa Maria del Suffragio。
アブルッツォ州のビーニ氏が、
今回地震で被害を受けた
アブルッツォの歴史的な町並みや建築の在りし日の姿を伝えて欲しい、と
データを送って下さったので、少しずつでも紹介していきます。

そしてそんな折、昨日は約1年振りにGiannaさんとワインナイト。(時が経つの早すぎです。)
Giannaさん行きつけのVINIVINIに行ってきました。
イタリアソムリエ協会認定のソムリエ資格を持つマスターの
お勧めワインはどちらも美味しかった!
一本目はカベルネフランとソーヴィニヨンと何でしたっけ?
なんせマスターお勧めのウンブリアの赤。
このワイン、とにかく香りがとてもよくて二人でフンガフンガ堪能してました。
鶏肉のパテとの相性も良い!
2本目は頼まず、グラスでこれまたマスターとっておきの
トスカーナのシラーをいただきました。

お料理も美味しくて一人でも来たくなる気取らないお店なのに、
何と本日で閉店とか...残念です。
それもあって今回久々の再会が実現しました。
Giannaさんのブログがしばらく更新されていなかったので
どうされているのか心配していたのですが、
お元気そうでよかったよかった。

地震の募金の相談をさせてもらった後は、
お互いの近況から気付けばまたアブルッツォ話に花が咲き、
咲き乱れ、
時間はあっという間に過ぎてゆきました。
てかアブルッツォ行きたい...!

また近く再会できる日を楽しみにしております。
GWにアブルッツォナイトが実現するといいな...


投稿者 uko : 13:57 | コメント (4)

2009年4月10日

決めた una decisione

castro_(1).jpg
アブルッツォ州のビーニ氏と約5年振り(!)に電話で話をしました。
私は私なりに出来ることをやろうと決めました。
みなさん、また力貸してくださいませませ。

今回紹介した「絵」はエッシャーの作品です。
彼はアブルッツォの風景が好きで、
よく訪れては作品を残しています。

投稿者 uko : 10:25 | コメント (0)

2009年4月 6日

イタリア中部地震

アンナマリアと連絡取れました。
震源地から近く、被害の大きいラクイラにある大学寮で下宿しているミケーラも無事でした。
ただ、かなりショックを受けているようです。
時間がたつにつれて犠牲者の方も増え続けており、
私も何度か訪れたことがありますが、
街も変わり果てた姿になっています。
州の新聞のサイト

こんな時、自分の無力さを感じるばかりですね。

porgo le mie sentite condoglianze alla famiglia del defunto.

投稿者 uko : 20:48 | コメント (2)

心配...

アブルッツォで結構大きな地震があったみたいで心配です。
州都であるラクイラの近くが震源地だったようで、
アンナマリアの孫がラクイラの大学に行ってるし、
建物も倒壊して被害も結構出ているみたいで心配です。

今連絡しても朝早すぎるしということで、
少し経った電話してみようと思います。
時差がなんとももどかしいです。

投稿者 uko : 14:47 | コメント (0)

2007年12月12日

ガブリエレ・ダヌンツィオ

最近、
アマゾンで新品同様の新古本を
格安で買うことにはまっております。

そこでガブリエレ・ダヌンツィオの
「快楽」
を見つけて思わず購入。
20071211.jpg
ガブリエレ・ダヌンツィオGabriele D'Annunzio
と言えば、
アブルッツィオを代表する世界的に有名な詩人であり、作家・劇作家です。
アブルッツォ、特にペスカーラの人に「有名人は?」と聞くとこの人を挙げる人が
多いのではないかと思います。

もう少し観光に力を入れねば!と
感じ始めているアブルッツォ(ペスカーラ)では、
最近また彼の存在へ注目が集まりはじめており、
にわかにまちの中でGabrieleD’Annunzioの名前を目にするようになってきました。

ちなみに私はアブルッツォに行くまで全然知りませんでしたが、
昔の国語(イタリアの小学生の)の教科書に出ていた詩を読んだり、
彼の生家(お金持ちです)がペスカーラにあって一般公開されているのを見に行ったりはしました。

それ以外作品という作品は読んだことが無かったので、
「読んどかなあかんやろ」
と自らに課して
とりあえず購入。

この人は、
後にムッソリーニや三島由紀夫にも少なからぬ影響を与えた人でもあり、
果たして私が読みすすめることができるのか。
好きか嫌いかで言うと微妙なところですが、
まあ挑戦してみます。

(ちなみに昔古本市で買った「薔薇の名前」はまだ読めていませんが。)

この人の作品自体は今回初めて手に入れましたが、
この自らの一生を「無類の一生」と言った(まあ皆そうだけど)彼の生き方は、
結構日本でも本されています。

2~3年前にこれまた思わず買った
「ダヌンツィオの楽園」(田之倉稔著)。
…全然読んでないです。

まあでも
アブルッツォを語るときに外せない人の一人であることは確かです。

投稿者 uko : 11:24 | コメント (2)

2007年9月 9日

夏の昼下がりの一コマ

DSCF6109.jpg
プリモ2皿にセコンド…
いつもお昼は張り切って食べてしまいます。

とりあえずエスプレッソで消化させますが、
いつもかなりの満腹。
パパーニャ(眠気)もやってきて、
1日でボーっとする時間です。
外出ても暑いしね~
ということで、
いつもなら食後は直ぐに畑に行くマリオも
真夏の昼下がりはジェラートを食べたりして、
クールダウン。

みんなでお昼の連続ドラマを見てます。

投稿者 uko : 23:04 | コメント (4)

2007年9月 2日

キエティで散歩

ピーノファミリーが家に招待してくれました。
「今度こそうちで泊まって!!」というこで、
お泊りセットを持ってキエティへ。

夕食の支度ができるまで、
ピーノと2人の子ども達とキエティを散歩。
夏、冬、復活祭。
バカンスシーズンになるとどこのまちでも広場に、
移動遊園地が登場します。
DSCF6124.jpg
勿論乗りたがるフランチェスコとエマヌエラ。
真っ先にコーヒーカップに乗り込み、
キャーキャー喜びながら、
すごい勢いでカップを回してました。
目、目が…@@@

夏の散歩に欠かせない(冬でも欠かしてないけど)のは
やっぱりジェラート。
DSCF6116.jpg
まちの人に古くから愛されているジェラート屋。
ショーケースもないシンプルな店内。
ノリのいい店長とのやり取りが楽しいです。
普段あまりジェラートは食べませんが、
ここはみんなにお付き合い。

ストラッチャテッラにピーノが薦めるので
生クリームをトッピングしたものをオーダー。
かなり甘いけど美味しいもんだ。

ジェラートを食べながら家路につきました。

投稿者 uko : 22:44 | コメント (2)

2007年8月21日

多分便利なんだろう…

友達の家で何とも気になるものを発見。
DSCF6085.jpg
左の丸いバーをクルクル回すと、
無駄なく歯磨き粉(粉?)をチューブから出して
使い切る事ができる。
らしい。
右側は勿論歯ブラシ立て!

決して普及しているものではなさそうだけど、
この家ではどうやら長年愛用している様子。

飽きっぽい私は直ぐ使わなくなりそうやけど、
ちょっとうらやましい。
どこで売ってるんか聞けばよかった。

趣味:発明

とかの親戚とかが作ったんかな…
と思わず顔が浮かんだのが
何でも器用につくるマリオ…

投稿者 uko : 23:41 | コメント (0)

2007年8月17日

アブルッツォへのアクセス

夏休みも残すところこの週末のみ…
経済のことはよく分かりませんが、
世界的な株価の下落でユーロがえらい下がってる…
150円て…もうちょっと早くそれやってくれてると
個人的には非常に嬉しかったのに…

さて、今回のバカンスは3週間。
そのほとんどをフィレンツェを拠点にすごしていましたが、
前半少しだけアブルッツォにも立ち寄りました。

いつかもしかしたら
アンナマリアのパスタを食べに行くかもしれない方のために。
アブルッツォへはどうやったら行けるのか。
(厳密にはペスカーラ)

DSCF6072.jpg
電車も飛行機もありますが、
ローマからならバスが便利です。
ローマTiburtinaターミナルからARPA社もしくはDI FONZO社のバスで
2時間半から3時間。片道15ユーロ。
このバス道は山並みがなかなか美しくて結構良い。
馬とか羊もひょこひょこ現れます。

今年は相次ぐ山火事の痕が痛々しかったけど。

DSCF6175.jpg
山並みを抜けて「ちょっと都会じゃないここ」という景色に変わったら
もうそこはペスカーラ。
電車の発着駅でもあるペスカーラCentrale。
目抜き通りを5分も歩けば海です。
ちなみにこの駅舎は結構最近に建替えられたもの。
外見は一見立派だけど、中は薄暗くて活気はないわ、使いにくいわで
情緒はない。

DSCF6176.jpg
ちなみに、
私が住んでいたSAMBUCETOというまちには、
そこからさらにCHIETI行きの路線バスに乗換え、
10~15分。
スーパーオーシャンを越えたらチャイムを鳴らす準備をします。
このバスは、学校に行く時も乗っていた最も利用頻度の高かったバス。
これに乗るとアンナマリーアのパスタまでもう少し。
見慣れた車窓からの景色に、心身ともにリラックスしてくるのが分かります。


投稿者 uko : 15:45 | コメント (2)

2006年7月10日

Campioni del mondo!!!

夕刊買い占めて帰ってきました。

やってくれましたよ。

寝てまへん。

仕事中もピルロの残像が頭を巡ってました。

幸せな余韻…

というにはちょっと眠たすぎたけど…
何度か仕事中記憶とんだけど…

なんと幸せな日でしょう!!!

Siete troppo belli!!!
みんな格好良すぎ!!

はい、
ペスカーラに彼がいるGiannaさんに誘っていただいて、
Giannaさんの伊友達と一緒に
スポーツバーでイタリアの優勝の瞬間を見届けてきました!
まさに歴史的な瞬間になりました!

サッカーには詳しくないので、多くは語りませんが、
皆みんなホンマに格好良かった。
かなりフランスが攻めてた様に感じたけど
よお粘ったよな~
ほんまにほんまにええ試合やったな~

ピルロほんま渋いな~
カンナバーロ最高やな~
デル・ピエロよかったな~
(インタビューで僕より喜んでる人はいないよって言ってたな)

そしてそして、
94年をつい思い出してしまったPK戦。
最後のシュートは我らが(阪神ファンみたい)
アブルッツォ州ペスカーラ出身のグロッソ!!
(ちょっと原田泰造に似すぎやで。)

ペスカーラのエミリオから
「あいつ(グロッソ)、俺の教え通りよお頑張りよったわ」
とベタなおっちゃんギャグを交えた
喜びのメールも届きました。

地元も盛り上がってるようです。

Giannaさんとほんまに母の気持ちでゴールを祈りました。
最後を彼が決めてくれるなんて、
ホンマにホンマに嬉しかったよ~

イタリアのメディアの様子を見て余韻を楽しみたい方は
ライクリック覗いてみてください。
http://www.raiclicktv.it/raiclickpc/secure/homePage.srv
「campioni del mondo」をクリックすると
ガットゥーゾの試合直後のインタビューから始まります。

しばらくはAZZURIのことを考えて
思い出し笑いする日が続きそうだわ♪

ありがとう。ありがとう。

投稿者 uko : 21:14 | コメント (3)

2006年7月 6日

Forza grande Italia *Festeggiamenti a Chieti

NHKのダイジェストでまたまた興奮!!

04072006(010).jpg


そんな中、キエティのピーノから
昨夜のお祭り騒ぎの写真が届きました。

普段は静かな丘の町でもこの
ぱらりらぱらりら
状態。

「この後どうなったかは言わずもがな…
ハチャメチャのお祭り騒ぎです…」

とのこと。

そらそやろな~
盛り上がってるな~
一緒に盛り上がりたいぞ~

投稿者 uko : 00:20 | コメント (3)

2006年5月21日

気持ちアブルッツォ faccio finta di essere in abruzzo

DSC00137.jpgえ~っと。
怒涛のプレゼン月間で、
文字通り、休む間もなく
提案書作成マシンと化しております。

そんな中、
このブログを通じて知り合った
sakaeさんが
来週からペスカーラに行かれる
ということで、
夜中にごそごそと、
ガイドブックやら地図やら写真やらを
引っ張り出して
気持ち
アブルッツォ逃避行
させてもらっております。

ちなみに、写真は、かろうじてロンリープラネットや
陣内秀信さんの本で紹介される、
アブルッツォの州都ラクイラ
99の噴水です。

このピンクと白の幾何学模様が
ラクイラやな~

また、次回実際に訪れて、
本当に99あるのか、
確かめてください。

当然、アブルッツォは私のものでも何でもありませんが、
今回、色んなご縁で
ペスカーラまで足を伸ばして頂けるというのは、
我がことの様に嬉しいです。

今回はどうやらペスカーラだけになりそうとのことですが、
イタリアの他の観光地にはない(!)
あのふつ~な感じを逆に楽しんできてください。

BUON VIAGGIO~

投稿者 uko : 00:19 | コメント (2)

2006年4月26日

待ち望んでいたこと

さて。
昨日、私がさんざん「へなちょこ」(←自分のことは棚に置く)呼ばわりしていた
某マルコ氏からひっっさしぶりに電話がありまして、

電話の本件は全く別のことだったのですが、
ついについについについについについに、

無事卒業した

という言葉を聞く事ができました(T_T)。

思えば初めて出会ったのが2003年の2月。
その時から、すでに卒論執筆中だった彼。

確か、テーマはアブルッツォにゆかりのある
誰かの墓か何かの研究で、
何度となく泣き言(というか泣いていた)を聞かされては、
叱咤激励してきましたが、

それはそれは
これまで嫌なことを避け続けてきた(←自分のことは棚に置く)
彼にとって

暗くて、孤独で、地道で、後戻りのできない

そんな作業であったと思うので、
本当に本当に
ホッとしたし、嬉しくて、
ちょっと泣きそうになりました。
よう、頑張った!!


しかし、

珍しく、
私が機嫌よく、優しく接したので、
気をよくしたのか、
どさくさに紛れて

「ukoが協力してくれたら日本語の勉強ができるのにな~」

と、
かなり前からほったらかしにしていた
頼まれごとについての
ダメだしをされました。

こんにゃろ。
ヒトノセイニスルナ。

投稿者 uko : 22:11 | コメント (2)

2006年3月13日

3月は変な奴 Marzo Pazzerello!

せっかく、春到来!と喜んでいたのに、やっぱり来ましたね、
寒の戻り
って言うんですか?

大阪でも雪が舞っていて、
春を心待ちにしている私としては、
正直かなりへこみました。

そう言えば、
イタリアにもこの時期の
不安定な気候を言い表す諺があったな…
と思い出して、
CHIETIに住むPINOに電話で確認。

"Marzo pazzerello,prima il sole poi l'ombrello"

「3月は変な奴。晴れだと思ったら雨かよ~」
てな意味です。

13032006(002).jpgしかもなんと、今日はアブルッツォも雪だったそうな!

まさにMarzo pazzerelloの仕業です。
ということで早速写真も送ってもらいました。
さらに寒そう…
さすがCHIETI…

DCP_0013.jpgちなみに3年前には、4月にも雪が降って
○十年振り~!!←忘れた
とかでちょっと話題になったな。
これはその時(2003.4.7)の写真。

なんにせよ、寒さに飽きた私にとっては、
ホンマ、もう勘弁してください。です。

そこんとこ、どうぞよろしく。

※写真はどちらもCHIETIにて、ピーノ撮影


投稿者 uko : 23:55 | コメント (9)

2005年7月20日

stinghe boneは誰の骨か?! Che cos'e` "stinghe bone"?

Immagine 043.jpg
このブログのタイトルである「Stinghe bone!」
英語をちょっと知る人なら「何の骨やねん!」とつぶやいてしまったかもしれません。(ちなみに私は言われるまで、全く気付きませんでした。)
この言葉、実は、イタリア中部にあるアブルッツォ州の方言で「私は元気です」という意味。
少しイタリア語に触れたことのある方ならご存知だと思いますが、標準語は「Sto Bene」です。

大阪に生まれ育ったせいか、方言大好きな私。アブルッツォ弁にも挑戦してるけど難しい!でもアブルッツォの人に言わせると「面白い話は方言じゃないと伝わらない」らしく、上方漫才贔屓の私にはすごく共感できるのですが、面白くなればなるほど訛りが激しくなり笑いについて行けなくなるのは悲しい…


Immagine 050.jpg
ちょっとアブルッツォの写真でも。
これは5月の第1日曜日にPretoroという町で行われるお祭りでのショット。
若者達が誇らしげに持ってるのは裏の山で採ってきたヘビ。アブルッツォにはヘビにまつわるお祭りがいくつかあるのですが、また別の機会にちゃんと紹介します。
今回は、なんか誇らしげな若者達が「そっちはどうよ?」「俺?バリバリ!(Stinghe bone!)」てな会話が飛び交ってそうなので掲載します(かなりこじつけ)。ちなみに下は、そんなお兄様方を見て、「これなら怖くないもんね」と売店のおもちゃのヘビを握りしめる友人ピーノの息子フランチェスコ少年。買ってもらって誇らしげでした。


投稿者 sarto : 22:58 | コメント (0)