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2011年3月24日

いざ、Campo Imperatoreへ!

初めてCampoImperatoreを写真で見たのは、
かれこれ7~8年前(アブルッツォとも長い付き合いになってきました)。
雑誌で見たそれに
「アブルッツォにはなんて美しいところがあるのだろう...!」
と感動したのを覚えています。

行きたい行きたいと思いつつ、
かなり標高の高いところまで行く必要があり、
なかなか実現せずにいました。

今回、アブルッツォ初のみどりんも一緒ということもあったからか、
「よし、行こう」と決心してくれたビーニ氏、ありがとう!

さて、
ラクイラを出てCampo Imperatoreへ向かう途中、
地震で崩れた塔の再建が気になっていたので、
「Sant Stefanoにもちょっと寄りたいな...」と我がままにもお願いをしてみる。

さすがに立ち寄るには時間がありませんでしたが、
アブルッツォを知り尽くす男は、
「いいこと思いついた」と言って車を走らせてくれました。

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そう、
少し険しい道らしいのですが、
道を選べばSant Stefanoを望めるスポットがあったのでした。

確かに、再建が始まっている塔が見えます!
(写真右にある集落がSant Stefano)

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お天気がすぐに変わる山道を進んで、

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さらに別の角度からもSant Stefanoの街並みが見えました。
(写真中央やや左に見える集落がそれ)
ありがとうビーニさん...!T_T
満足満足^_^

さあ、天気が悪くならないうちに急いでCampo Imperatoreへ向かいましょう。

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どれくらい車を走らせたでしょうか。
遂に...!コルノグランデを視界に捉えました!!

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美しさに興奮して思わず車を止めてもらう。
標高がかなり高くなっているので結構温度が下がっていましたが、
ちょうどお天気も良くなってきて気持ちいい。

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興奮してはしゃいでるそばに、
なんと草を食べにきた馬の群れ登場!!!

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できすぎの演出に感激。
Viva Abruzzooooooo!!

ここでもかなり大満足でしたが、
「せっかくだから、もう少しこの先を行けば面白いホテルがあるから」
とビーニ氏に言われて更に道を進みます。

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岩肌の陰影が美しいコルノグランデ。
憧れ続けていた風景を目の前にして興奮冷めやらず。

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可能な限りコルノグランデに近づいていきます。

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雲が流れるスピードが速くなっているので、
またすぐに天気が変わってしまうかも...!
(Dori、美しい写真ありがとう!)

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頂上に着く頃には・・・

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コルノグランデの頂上がみるみるうちに
雲に覆われて姿を隠されてしまいました。

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そしてこれが目的の「Hotel Campo Imperatore」。
標高2126mに位置するこのホテルは、
1934年ファシズム時代に建てられ、
1943年ムッソリーニが約2週間幽閉されていたことがあります。

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ムッソリーニが幽閉されていたことが記されています。
(幽閉後ドイツ軍による救出作戦はグランサッソ襲撃と呼ばれています→

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今もスキーや登山、ツーリング客が利用するホテル。

さすがに標高2000mを超える山は気温がぐんとさがってとても寒く、
ホテルの温かさがありがたい。

バールで温かい紅茶を頼んで体を温めていると・・・

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バーリから来たというツーリングおじ様軍団に囲まれてしまいました。
「君、アクセントがプーリャの訛りだな、バーリか、バーリから来たんか?!」
「いや、どちらかと言えばアブルッツォ訛りだと思います。
でも、プーリャめちゃ好き!!」
てなことをちょっと喋ってました。

体もちょっと温まったし、
また長い道のりを帰らなければとホテルを後に。

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さっきまでの青空が嘘みたいにすっかり一面雲に覆われています。

青空の時に来れて本当に良かった!!

濃~い霧に視界を遮られ数m先しか見えなくなった中を
ゆっくりゆっくり下山していきます。
何も見えないって孤独で怖い...
いきなり車が出てこないか運転にも緊張が走ります...
ビーニさんお疲れ様。

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ようやく雲も切れて、
やさしく空を照らす太陽の光に一同ホッと一息。

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とは言え、ここはまだラクイラの山の中。
家まではまだあとひと踏ん張りが必要です。

盛りだくさんで予定よりかなり遅く帰ってくると、
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アンナマリアが大好きなブロードを用意して待ってくれていました。

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チーズをかけていただきます。
寒さと疲れで硬くなったからだを、
温かいスープがゆっくりと解きほぐしてくれます。
幸せ・・・・

っと、幸せに浸っている暇もなく、
一休みしたらアレッシアの家のディナーに出発です。
ひえ~

ビーニさん、改めてお疲れ様でしたありがとう!!!!

投稿者 uko : 20:38 | コメント (10)

2011年3月17日

無題

もしかしたらほんのクシャミ程度のことなのかもしれない。
それほどに、未曾有という言葉の前に、
抗うには私たちはあまりにも小さすぎて、
守ってきたもの、積み重ねてきたものが容赦なく奪われていくのを
ただ茫然とその事実を見つめることしかできない。

大阪にいる私たちは、
地球からみれば、ほんのわずか震源地から離れていただけに過ぎない。
ただ今この瞬間は、いつもと同じ生活を続けられているだけに過ぎない。

毎朝起きるたびに、
夢でなかったことを確かめてしまう。

私が涙を流して失ったものが少しでも戻るものなら、
いくらでも泣きたい。
そうでないから涙を誘うテレビは見ない。

医療の知識もない、
人を助ける訓練も受けていない、
難しい化学式も分からない、
それでもできることがないのか、
最前線で命がけで戦っている人たちに最大の敬意を払い、
現地からの呼びかけに耳を傾けていたい。
たとえ微力でも必要とされていることを自分なりに見極めて行動したい。

そして、彼らが歩みを止めていないように私も日々の歩みを止めない。

アブルッツォの友人たちから、
安否を気遣い励ますメールをたくさんもらいました。
2年前に大きな地震を経験した彼ら、
彼らが最後に付け加えるメッセージは
驚くほど、皆一緒です。
「siamo con voi,un abbraccio forte.」
(私たちはあなたたちと一緒にいます、強い抱擁を)
そしてこの言葉に毎回慰められる。

人はひとりでは生きていけない、
大切な人、大切なまち、
大切なものを想いながらそのつながりを感じながら、
自分を信じて、仲間を信じて、
先人たちが乗り越えてきた道を信じて、
前に踏み出す力を振り絞るのだと思う。


誤解を避けるため、
またそれを読んで傷つく人がないよう、
普段から
ブログで自分の感情を書くことは避けたいと思っているのですが、
いつものブログを書き続けるために今の気持ちを書きました。
今この瞬間もアップするべきかどうか迷っていますが...

投稿者 uko : 12:33 | コメント (6)

2011年3月 9日

実現・・・!Abruzzo州ワイン講座

まさかこんなにも早くその日が来るとは思っていませんでした。

GiannaさんVino della Paceの内藤先生の
「カンパーニア州ワイン講座」に行ったのが去年の5月。
↑もうそんなに前なのね...

2時間延々ワインと料理の話。
料理の例えが"レシピやん"と言うくらい細かくて的確で
(例えばカワマスの素揚げにビネガーと香草野菜を加えて...とか)
これがFM番組にでもしてずっと聴いてたいくらい楽しい。

講座の終わり、Giannaさんが猛烈に「次回はアブルッツォを!」と
押しまくって下さったのが功を奏したのか・・・
(主催の学校の先生は微妙な反応だったらしいのですが^_^;)

GiannaさんがFacebookの掲示板にお知らせして下さったのが
ちょうど講座一ヶ月前の2月。

「内藤先生のアブルッツォワイン講座が大阪であるみたいですよ!」

マジできた~~~!!!!!!!!!!!!!!!!

もちろん、迷いなし!
読んだその場で即効申し込みをしました。

あんなに押しまくってくれた
Giannaさんと一緒に行けないのがとても残念ですが、
ここは頑張ってGiannaさんの分も勉強しましょう。

もちろん私達がもっとも関心があったのは、
先生がどんなワインを用意されるのか。

アブルッツォと言えば、
モンテプルチャーノダブルッツォとトレッビアーノダブルッツォ
が主ですがそれ以外にも注目ワインがあるのか...

当日、
15分前に学校に着くと既に前半の「フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州」講座から
続けて受講される方で一杯でしたが、
ちょうど真ん中の前列が1席だけ空いていたので、
すかさずキープ!
やっぱり席はかぶりつきでしょ。
見覚えのあるレストランのソムリエさんなんかもチラホラ、
後はワイン講座の生徒さんという感じの方ばかり。

前にGiannaさんと一緒に来て、
基本的な授業の受け方体験しておいてよかった~^_^;

さて講義。
話のポイントは3つ

①アブルッツォには平地がない。
丘陵地と山だけである。わずかな平地らしきものは扇状地。
故にワインと食文化は山の文化が主流であるということ。
②アブルッツォワインは
やはりモンプルとトレッビアーノの2つが基本であるということ。
③Colline TeramaneDOCGであるが、
これはTERAMOがモンプルのルーツということに起因することも多く、
それに限らず偉大な生産者が存在するということ。
それが、Emidio Pepe、Gianni Masciarelli、Edword Valentini。

また、モンプルの特性の副産物として
Cerasuoloというポリフェノールの多いロゼが、
安価ながら濃くて美味しいので、先生のレストランでもよく出しているとか。
(私達も大好き!)

南マルケワインが結構注目されており、
アブルッツォへ進出してきているらしく、
その代表が私達もすっかりファンになったペコリーノやパッセリーナとのこと。

そして続くブラインドテイスティングで用意されたのが、
以下の6種のワイン。
①Trebbiano d'Abruzzo/Valentini(2002)
②Castello di Semivicoli/Masciarelli(2002)
③Peladi Montepulciano d'Abruzzo Cerasuolo/La Quercia(2009)
④Montepulciano d'Abruzzo Roccosecco/Chiusa Grande(2006)
⑤Montepulciano d'Abruzzo/Torre dei Beati(2008)
⑥Montepulciano d'Abruzzo Colline TeramanoRiserva Escol/San Lorenzo(2006)

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毎回先生は、どれが美味しかったか生徒に挙手させるのですが、
「①と④に手を挙げなかった方はもう一度僕の講義を受けて下さい。」
だそうです。
実は特に①に手を挙げた人がとても少なく、18人中3人だけ。
例外になることなく、私は補修決定組みです...^_^;
まだまだ修行が足らんです。

ちなみに、
ブラインドテイスティングの結果は全てTrebbiano100%またはMontepulciano d'Abruzzo100%。

それにしても例えば3種類のモンプルはどれも色も香りも味わいも
個性的で、私的には全然違う品種のワインを飲んでる様で、
「え、メルローとブレンドしてるとか??」
と勝手にかなり惑わされました。
⑥は香りを嗅いだ瞬間「大好き!」と思ったのですが、
時間が経つとその香りが鼻についてきて、
「羊!羊持ってきて~!!」となってきました。
やっぱりモンプルは料理ありきで楽しみたいな...。
(てかこれは講義なんですけどね...)

そうそう、でもじつは先生がこの日特別にチーズを持ってきてくださいました。
日本では手に入らないというアオスタ州のFontinaというチーズ。
これがフレッシュかつ鼻に残るナッツ類に似た臭みが、
もう、どのワインにも合ってとても美味しかったです。

にしても、こういう講座のブラインドテストで巨匠のワインが飲めて感激!

そしてこの機会に、今一度私のベストモンプルを考えていたのですが、
結局はいつもマリオの家でがぶがぶ飲んでるそれだったりして...

最後に先生にアブルッツォを選んでくださったお礼に行きました。
(そんなつもりではやってないんでしょうけど)
先生曰く、講義中私は何度もうんうん、うんうん、
とうなずいていたらしく、
これは自分でも自覚している癖なのですが、
自分が嬉しくてしょうがない講義を聴いているときは、
新しく知ったことも前から知ってたことも関係なく、
とにかく嬉しくてニコニコしながらずっとうなずくし、
時には「へ~」とか「ほ~」とか声にも出してしまいます。

以前、
「感心してるけど、あんた知ってるやん!」と突っ込まれた経験もあります。

長くなりましたが、
なんせ今回も至福の講義でした。

そして、次回はさり気に「プーリャ州」を推してきました。

次に来て下さるのはまた1年位先なのかな~

情報を提供してくださったGiannaさん、
ホンマにありがとうございました。
この講義で得たリストを元に、
秋にどこかのワイナリー行きたいですね。
先生は
「アブルッツォに住んでたんなら行けますよ」と行ってはりました。
それは道に迷わずってことなのか、その事実が交渉の切り札になるのか...

また計画立てましょう。
頑張って節約生活しよ。

投稿者 uko : 16:06 | コメント (2)

2011年3月 5日

被災から1年半を経たL'Aquila

ついに文明の利器スカイプを駆使(苦使?!)して、
スイスと大阪を結んでのアブ会が実現!
Giannaさんがスイスから送って下さったパネットーネに、
羊串(があった)焼きも登場で今回も大いに盛り上がりを見せました。
様子はすぐにGiannaさんジョバさんがブログにアップしてくれたので、
しっかり余韻を楽しませてもらいながら、
やっとパソコンに向かう今日この頃...

NZでの震災では多くの日本人も犠牲となっており、
未だ身元が分からない状態ですね。
ニュースを見ていると自分と同年代の女性も多く、
夢と希望を持って海外に飛び立った彼女たちのことを想うと、
無念で胸が痛みます...。

さて、我々のラクイラ旅もラクイラ郊外からいよいよ市街地へ。
(2010年10月9日現在)

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まちの中心に入るために車を降りると、
広場に小さな仮設店舗が出来ていました。

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前の年(一昨年)も見て印象に残っていた映画館の上映告知。
よく見ると、去年のイタリア映画祭で日本に来ていた映画。
時間の経過を感じます。

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瓦礫などはかなり撤去されていますが、

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まだまだまちの殆どが立ち入り禁止区域です。

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Duomo広場にあるSuffragio教会、
中に入れる様になっていたので見学してみることに。

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紹介遅れましたがラクイラで私たちを待っていてくれたのは、
ビーニ氏の友人、ラクイラ生まれラクイラ育ちのロベルタ(後ろ姿)と愛犬ジギー。

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※写真は引き続きdoriさんです。
綺麗な写真ありがとう☆

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震災までは毎日のように賑やかな市が出ていたDuomo広場では
チョコレートのイベントをしてました。

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震災から約1年後にようやく通れるようになったVittorioEmanuele通り。
これで南側のフェデリコ2世通りとDuomo広場を中心にした
南北に走るメイン通りが結ばれました。

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広場付近のフェンスには立ち入り禁止ゾーンの建物の写真や、
店舗の移転先のお知らせに加え、
愛する街への想いや
遅れる復旧を抗議するメッセージなどが貼られています。

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倒壊した建物のものでしょうか、
使うことの出来なくなった鍵。

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308名の犠牲者を慰霊する308本のリボン。

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わずかですが場所を変えて再開したお店も出てきていました。

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通れるようになったとはいえ、まだまだこんな感じ。
本当に通れるだけです。

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復旧というよりはまだまだこれ以上の倒壊を防ぐための処置という印象。
中世から長い時間をかけて広がってきた街だけに、
建て方や構造も違うだろうし、外見以上に躯体に問題があったりと、
木造建築に比べ気の遠くなるような復旧行程が想像されます。

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VittorioEmanuele通りの始点AlpiniL'Aquila広場。
以前はペスカーラからバスに乗るとここで降りていたので
私にとってはここからが街の始まりと感じる場所。

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広場の東側にはアブルッツォ国立博物館となっているカステッロがあります。

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リードをはずしてもらって走り回るジギー。

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16世紀に建てられたこのカステッロも大きな被害を受け、
博物館は現在休館中です。


お城から大通りの裏側の住宅街へ。
立ち入りできない建物も多くひっそりしています。

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ラクイラの中でも大きな教会のひとつS.Bernardino聖堂。
その修復中のクーポラが見えます。

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S.Bernardinoのファサード。
ラクイラに来る度訪れていた教会も今は入ることができません。


聖堂の前は急斜面の階段が続く珍しい光景。
ラクイラを囲む山並みが美しい。
お天気も良くなってきました。

ラクイラは他のborgoと同様に山の中にできた街で起伏が多く、
街の高いところを歩いていると建物の背後に
山の稜線と空が視界に飛び込んできて独特の風景をつくります。
本当に変化に富んで美しい街。

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S.Bernardinoからメイン通りに続く道。
このあたりも以前はたくさんのお店が並んでいました。

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再びDuomo広場に戻ってくると、
チョコレートイベントにさっきよりも人が集まっていました。

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大きなチョコレートの塊に集まる人々。
ビーニ氏は「復興アピールのパフォーマンスだ」と言っていましたが、
こういうイベントがあることで、
愛着のあるまちに人々が訪れるきっかけができて、
一瞬でもそこに笑顔が戻るなら
それはそれでいいんじゃないかと思うのでした。

街を案内してくれたロベルタとはここでお別れ。
我々も次なる目的地に向けてラクイラを後にします。

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街を去る前に大好きな教会Collemaggioの前を通ってもらう。
ファサードの美しさと存在感にため息が出ます。
好きだな~

以前は芝生だった前面の広場は
避難所として8ヶ月間程テントが建っていました。
この教会も見学は可能になったようですが、
この日は中には入らず。


次に目指すのは初!CampoImperatore!!

投稿者 uko : 10:01 | コメント (6)